松崎義孝
(2025年6月2日 更新)
国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所
海洋環境制御システム研究領域 海洋汚染防除研究グループ グループ長
国際沿岸防災センター(併任)
matsuzaki-y(at)p.mpat.go.jp (at)を@に変更してください。
2014年9月に岩手大学大学院より博士(工学) 授与
論文題目「海上流出油の移流及び拡散に関する数値計算法の開発」
2008年 4月
港湾空港技術研究所 研究官 採用
2014年10月
港湾空港技術研究所 主任研究官 昇任
2016年9月から1年間
University of California Santa Cruz 客員研究員
2021年8月から2022年3月
管理調整・防災部研究計画官付専門官 併任
2023年10月
港湾空港技術研究所 グループ長 昇任
現在に至る
1. 海上流出油の移流・拡散に関するリアルタイムシミュレーションシステム(OILPARI)の開発
主な内容は、海上流出油の移流および拡散に関するモデリングの高度化と、それに基づくリアルタイムシミュレーションシステムの開発である。
我が国では、国土交通省港湾局が全国に大型油回収船を3隻配備し、出動から48時間以内に全国どこでも対応可能な体制を整えている。このような緊急対応において、適切な油回収計画(積極的回収、警戒活動、休業判断等)を立案するためには、流出油の挙動を即時に予測できる高精度なシミュレーションが不可欠である。本研究では、これまでに例のない大規模な室内実験および実海域実験を実施し、油膜の表面張力や浮力に起因する拡散速度、ならびに海面乱流による拡散挙動を定量的に評価・モデル化した。これにより、油拡散挙動の高精度な再現が可能となった。さらに、複数の事例に対して再現計算を行い、シミュレーションの定量的な精度検証も実施している。
また、本システムでは、流出油の移流を駆動する外力として、気象庁が提供するリアルタイムの風、海流、潮汐流データを活用できる体制を構築しており、内湾から外洋に至る日本近海の広域において、リアルタイムな漂流予測を実行可能としている。予測期間は最大11日間であり、油回収船の運用判断に十分な時間的猶予を確保している点も本システムの大きな利点である。本研究の成果は、実用性と汎用性の両面で高く評価されている
シミュレーションモデルの総称としてOILPARIというモデル名を付けた。また、リアルタイムでシミュレーション実施可能なシステムとして、Windowsにインストールタイプのstand-alone型OILPARI(sa-OILPARI)した。また、海洋汚染防除研究グループにおいてWebアプリケーション型のnet-OILPARIを開発した。
2. データ同化による流動および水圏生態系シミュレーションの高精度化
海上流出油のシミュレーション研究を進める中で、油に関するモデリングは学術的に興味深いものの、実務的には流出油の移流予測の精度向上がより重要であることを認識した。移流予測の精緻化には、外力として作用する風および海表面流の高精度な再現が不可欠である。こうした背景のもと、数値シミュレーション結果に観測データを融合させて精度を向上させる「データ同化」に着目し、研究を開始した。
初期の研究では、世界的に広く利用されている地域海洋モデルROMS(Regional Ocean Modeling System)およびそのデータ同化システムであるROMS 4DVarを用いた。さらに、1年間の在外研究の機会を得て、ROMS 4DVarの開発者であるカリフォルニア大学サンタクルーズ校海洋科学部のAndrew M. Moore教授の研究室に滞在し、データ同化の理論およびROMS 4DVarを用いたシステム構築方法について集中的に学んだ。
帰国後は、我々の研究グループが開発してきた流動生態系シミュレーションシステム「EcoPARI(別称:伊勢湾シミュレータ)」に、独自のデータ同化システムを組み込む研究に着手した。データ同化そのものは古くからある分野であるが、沿岸・河口域における流動および水圏環境の再現において、どのようにシステムを設計・構築すべきかについては十分に解明されていなかった。そこで伊勢湾を対象に、領域沿岸データ同化システムの構築と検証を進めた。具体的には、伊勢湾モニタリングポストによる観測データとEcoPARIを用い、アンサンブルカルマンフィルタによるデータ同化を実施し、その適用性と堅牢性を評価した。また、提案するアンサンブル作成手法と、水温・塩分の同化精度との関係について詳細に分析した。その結果、実際の観測データを用いた長期的な沿岸域データ同化の実施に、世界で初めて成功した。さらに、空間的に疎な伊勢湾モニタリングデータを活用し、伊勢湾全域の流動・水温・塩分場を効果的に修正可能であることを実証した。加えて、本研究で採用した独自のアンサンブル生成手法は、既往の外洋データ同化手法とは異なり、沿岸データ同化の安定化および高精度化に寄与することが明らかとなった。これらの成果は、沿岸環境研究分野において「観測」と「数値シミュレーション」を融合する地域沿岸データ同化という学術的なブレークスルーをもたらした点において大きな意義がある。また、実用的な枠組みでデータ同化が運用可能であり、観測データを用いた通年の同化が実現できるという点でも、高い信頼性と実用性を兼ね備えている。
3.流動生態系シミュレーションシステムEcoPARIの発展
沿岸域では港湾施設や洋上風力発電施設などの開発が進められており、こうした開発が水環境に与える影響を数値的に評価することがますます重要となっている。しかし、現在のところ水環境に関する数値シミュレーションモデルは研究開発の途上にあり、環境影響評価に広く適用できる統一的なモデルは存在していない。こうした状況を打開するため、我々は日本国内で中核的な役割を果たすシミュレーションシステムを構築・維持し、モデル構築・運用の手順を明文化した「標準化」を推進している。この「標準化」により、誰もが一定の精度と定量性をもってシミュレーションを実施できる枠組みを構築することを目指している。流動生態系シミュレーションシステムEcoPARIは、その標準化の中核を担うシステムとして位置付けられており、我々の研究グループにより継続的に開発・運用されている。
EcoPARIの利便性と汎用性を高めるため、建設コンサルタント8社および3大学との連携体制を構築し(2025年6月時点)、さらに大学のスーパーコンピュータやクラウド基盤を活用する研究体制のもとで開発を進めてきた。この枠組みでは、数値シミュレーションを実施する際に必要なプリプロセス(境界条件ファイルの作成等)、計算の実行、プストプロセス(計算結果の可視化および解析)までを、Webアプリケーション上で一括して行えるシステムを開発した。さらに、シミュレーションの初学者や一般の関係者にも理解を深めてもらうことを目的とし、普及活動の一環として複数のWebアプリケーションを開発した。その代表例として、伊勢湾の流動と水質を最長11日先まで予測する「海の天気予報」アプリケーション、ならびに浮遊ゴミの漂流位置をリアルタイムで予測するアプリケーションを挙げることができる。
主な論文5編についての概要
1. 松崎 義孝, 藤田 勇, 海水面における流出油の拡散・移流に関する数値計算法の開発と油流出事故の再現計算,土木学会論文集B2(海岸工学) 70(1) 15-30 2014年
本研究では海上に流出した油の漂流予測を行うため,油膜自身の特性による油拡散,流れの乱れによる乱流拡散及び海表面流れによる移流を計算できる数値計算モデルを開発した.構築したモデルを用いて,2007年に発生した韓国泰安沖油流出事故と1997年に発生した東京湾油流出事故の2つの事例に関する再現計算を行い、本計算モデルの汎用性・有用性を示した。
2. Yoshitaka Matsuzaki, Isamu Fujita, In situ estimates of horizontal turbulent diffusivity at the sea surface for oil transport simulation, MARINE POLLUTION BULLETIN 117(1-2) 34-40 2017年4月
本研究は、油拡散予測に必要な海面の水平拡散係数を現場実験により定量化した。相模湾で疑似油と漂流ブイを用いた漂流実験を行い、海面の水平拡散係数は海中より大きいことを初めて示した。また、海表面近傍の水平拡散係数に関するモデルを提案し、数値実験により妥当性が示された。
3. Yoshitaka Matsuzaki, Tetsunori Inoue, Perturbation of Boundary Conditions to Create Appropriate Ensembles for Regional Data Assimilation in Coastal Estuary Modeling, Journal of Geophysical Research: Oceans 2022年4月
伊勢湾での実際の観測データおよび伊勢湾シミュレータを使用して,アンサンブルカルマンフィルタによる沿岸河口の領域データ同化(領域沿岸データ同化)を実行した。その結果、この方法の適用性とロバスト性が実証された。特に,数値モデルの不確実性を表現するために摂動を付加する境界条件と,水温と塩分のデータ同化結果との関係を分析し,境界条件に摂動を付加することによってアンサンブルを作成する方法が提案された点に新規性が高い.
4. Yoshitaka Matsuzaki, Masaya Kubota, Tetsunori Inoue, Hayato Mizuguchi, Ecological hydrodynamic modeling and factor analysis of hypoxia dissipation in the semi-enclosed Mikawa Bay, Japan, in August 2020, Marine Pollution Bulletin, 2025
2020年8月20日に三河湾で発生した底層低酸素水塊の急激な解消について、流動生態系シミュレーションシステムEcoPARIを用いて要因を解析した。沿岸河口域において短期間での底層溶存酸素濃度の解消について数値モデルで再現することに世界で初めて成功した。また感度解析の結果、底層溶存酸素濃度の解消には湾口付近の高塩分水による密度流が主に寄与しており、風や潮流の影響は限定的であることが判明した。本研究は、沿岸域における低酸素問題の理解と対策に資する知見を提供するものである。
5. Yoshitaka Matsuzaki, Tetsunori Inoue, Masaya Kubota, Hiroki Matsumoto, Tomoyuki Sato, Hikari Sakamoto, Daisuke Naito, Web application of an integrated simulation for aquatic environment assessment in coastal and estuarine areas, Environmental Modelling & Software 106184-106184 2024年8月
EcoPARIを用いて流動と生態系に関する数値シミュレーションを実施するために必要となる計算条件の作成(プリプロセス)と可視化(ポストプロセス)の両方が可能なWebアプリケーション型Graphical User Interfaceを開発した.これらのプロセスは水環境の数値シミュレーション実施においてもっとも作業負荷が大きい部分であり,Webアプリケーション化によって大幅な効率化が期待できる.そのため,提案システムは,モデルの潜在的なユーザーが経験する専門知識のギャップを埋めるのに役立つ.