海洋汚染防除研究グループ

EcoPARIの機能

Marine Pollution Management Group

港湾空港技術研究所海洋汚染防除研究グループでは、沿岸・河口域の海域環境を診断・評価する重要な指標である、流動、水温、DO、植物プランクトン、青潮、赤潮、高次生態系(魚、二枚貝)等の物理・化学・生物量の変化のメカニズムを解明し、環境施策への提言等を行うことを目的とした研究を進めています。同グループではこれまで伊勢湾再生行動計画に則った国土交通省中部地方整備局の委託研究により、環境改善施策が水質・生態系に及ぼす効果を定量的に予測・評価することを目的に内湾水質複合生態系モデル:通称「伊勢湾シミュレータ」の開発を行ってきました(田中ら 2011; 田中・鈴木 2010)。伊勢湾シミュレータはこれまで一般的にモデル化されてきた植物プランクトン→動物プランクトンという低次食物連鎖だけでなく、動物プランクトン→魚といった高次食物連鎖やデトリタス→細菌といった腐食連鎖をもモデル化しており、他の水環境数値シミュレーションモデルにはない特徴を持ちます。伊勢湾シミュレータは伊勢湾、東京湾、大阪湾、広島湾、駿河湾、宍道湖といった日本の沿岸・河口域や湖沼において適用した実績があります(Hafeez and Inoue 2021; 井上ら2015; 田中ら 2011; 田中・鈴木 2010)。これらの機能、精度、実績から伊勢湾シミュレータは国土交通省を中心に、行政から信頼性の高いモデルとして評価されてきました。
 並行して、伊勢湾シミュレータを用いて計算するために必要なツールである、境界条件(海面と大気の境界の条件、河川流入の条件、外洋(伊勢湾の場合は太平洋)との接続部分の条件)データの作成ツールや、計算結果の解析・可視化のツールを開発してきました。それらのシステムを一貫して使用できるGUIのツールの開発も進めています。
 国土交通省関東地方整備局及び近畿地方整備局の委託研究により、それらのシミュレーションシステムの適用は東京湾や大阪湾といった別海域においても広まってきました。
以上のような状況から、伊勢湾海域以外でも使用できることと、統合的なシミュレーションシステムであることを広く認知していただくために名称をつけました。港湾空港技術研究所(PARI)で開発した流動生態系(Ecological hydrodynamics)に関するシミュレーションシステム(simulation system)であることから、流動生態系シミュレーションシステムEcoPARIとしました(図-1)。今後は産学官に活用していただけるシステムを目指して研究開発を進めていきます。


図-1 EcoPARIの構成

 

名称

内容の説明

モデル本体

EcoPARI-Simulator

数値シミュレーションモデル

プリシステム

EcoPARI-Web GUI Pre

計算に必要な入力データ作成システムで、ウェブブラウザによりGUIで動作する。境界条件ファイルはあらかじめ作成されたものから切り取ってくる機能と、自作する機能が備わっている。

EcoPARI-Boundary condition

GPVデータ、AMeDASDSJRA55等から、大気境界、河川境界、開境界の境界条件(Boundary Condition)を作成するシステム。現状はCUIによる作成システムである。

ポストシステム

EcoPARI-Web GUI Post

Webブラウザによるシミュレーション結果の可視化(2次元、3次元)と、テキスト出力が可能

EcoPARI-Reaction

生態系モデルの反応速度をフロー図で出力するシステム

EcoPARI-Post Stand-alone

Windows上で動作するソフトウェアであり、2次元可視化と、テキスト出力が可能。

EcoPARI-Post Mobile

スマホで短期予測結果を閲覧可能。簡易に操作できるように表示項目を限定してある。

サブシステム

EcoPARI-WRF

気象モデルWRFWeather Research and Forecast)によって気象ファイルを作成するシステムで、日本の沿岸シミュレーション向けに大気境界条件、海水面温度境界条件、地形・標高データを修正していることが特徴。EcoPARI-WRFの出力はEcoPARI-BCで境界条件の作成に使用可能。

EcoPARI-Grid

数値シミュレーションの格子、地形ファイルを作成するシステム(Grid Generator)。

EcoPARI-Remesher

計算コストを削減するために、細かく計算する必要のないメッシュを結合して、計算メッシュを作成(リメッシュ)するシステム

EcoPARI-Parser

restartファイルを読み込んで格子サイズ、格子数、変数の数値等を編集してrestartファイルを再作成するシステム

EcoPARI-Genetic Algorithm

遺伝的アルゴリズムを用いて、観測値と計算結果を比較しながらパラメータチューニングを行うシステム

EcoPARI-Data Assimilation

データ同化という観測値をシミュレーション結果に融合する手法を用いて、シミュレーション結果の改善やパラメータチューニングを行うシステム

 EcooPARI-Wave SWANによう波浪計算結果をインプットして海浜流を計算するシステム

ユニット

EcoPARI-WebGUI

初学者でも数値シミュレーションが実行可能な環境一式。

EcoPARI-Forecast System

海域環境短期予測システム:Forecast Systemであり、例えば1日に1回、11日間後までの予報を行い、スマホで閲覧可能なシステム。


図ー2 EcoPARI-Web GUI Preのスクリーンショット。ユーザーは 5 つの緑色のボックスをクリックすると設定画面を開くことができます。
図ー3 EcoPARI-Web GUI Postのスクリーンショット。シミュレーション結果の平面分布図をマウスクリックで可視化できます。数値の画像、動画、テキストデータをダウンロードすることもできます。画像は日本の伊勢湾で、湾口(側方境界)が下側にあります。色は水温を表し、青いほど冷たく、赤いほど熱いです。色の分割数、配色、矢印のサイズは簡単に調整できます。

動画 EcoPARI-Web GUI Preの操作

【EcoPARI-simulatorによって検討可能な現象】
EcoPARI-simulatorでは沿岸・河口域や湖沼を対象として、水温、塩分、流向流速といった物理量のシミュレーションが可能です。また、溶存酸素(図-4~6)、栄養塩(図-7)、赤潮(植物プランクトン濃度)といった生物化学量のシミュレーションが可能です。

図ー4 底層DOの水平分布
青色は酸素濃度が低い状態を表す
図ー5 くぼ地におけるDOの鉛直コンタ―図
青色は酸素濃度が低い状態を示す。

図ー6 BCM(詳細地形)による横浜港内の底層DOの水平分布。地形を詳細に表現することで、浅場造成などの局所的な地形変化が水質に与える影響を予測できる。

図ー7 栄養塩の時系列分布図(赤丸が観測値、黒線がシミュレーション結果)。EcoPARIでは窒素、リンなどの栄養塩の計算も可能である。また、植物プランクトンや動物プランクトンのシミュレーションも可能である。

さらに、魚類生態系モデル(井上・小室 2020)やアサリやシジミといった二枚貝モデル(鶴島、 永尾、中田 2019)が組み込まれており、漁業資源量の再現・予測を実施することができます(図-8、9)。

図ー8 魚類モデルによるカタクチイワシの水平分布図。
外洋水のほうが温かいため、湾口付近に集中していることが確認できる。(赤色がカタクチイワシがたくさんいることを示す。)

図ー9 計算されたアサリの資源量と実際の漁獲量の比較。
青線が計算されたアサリの資源量、赤線が実際の漁獲量を示す。計算された資源量は漁獲量の傾向とおおむね一致している。

EcoPARIにはオプションのモデルも組み込まれています。
粒子追跡モデル(蝦名ら 2021)が実装されており、浮遊ゴミ、海上流出油、浮遊幼生等の移流、拡散、漂着をシミュレーションすることが可能です(図-10)。

図ー10 粒子追跡シミュレーション結果
多摩川から放流された粒子(黒い点)が湾口のほうに流されているのが確認できる。

沿岸・河口域の物理・化学・生物量の数値シミュレーションを行う際は、大気の状況を高精度に再現することが望まれます。そのため、気象モデルWeather Research and Forecast: WRF(Skamarock et al. 2008)によって計算された風や気温等の情報を大気境界条件として入力できるシステムEcoPARI-WRFを構築しています(Hafeez et al. 2021; Matsuzaki et al. 2021)。また、第 3 世代波浪推算モデル SWAN(Simulating WAves Nearshore)を結合したEcoPARI-SWANを構築しています。
EcoPARI-simulatorにおいて計算格子を細かくすることと、計算負荷(計算時間)はトレードオフの関係にあります。そこで、必要性に応じて計算格子の精緻さを選定するEcoPARI-remesher、を構築しています。

EcoPARIはデータ同化システムも導入しています(Matsuzaki and Inoue 2022; 松崎・井上 2020; 松崎・井上 2022)。データ同化とは、観測値を数値シミュレーションに融合し、数値シミュレーション結果を修正する手法です。本研究で用いるデータ同化手法の一つであるアンサンブルカルマンフィルタ(ensemble Kalman filter: EnKF)はモデルのアンサンブルから変数同士の相関を計算できるようになるので、観測した量の情報を活かして、観測していない情報の推定をすることができます。具体例として、データ同化では、モニタリングポストでの水温や塩分といった観測の情報を用いて、モニタリングポストから離れた位置の水温や塩分の他、溶存酸素や植物プランクトン等の数値シミュレーション結果を改善させることが可能です。
EcoPARIは遺伝的アルゴリズムによるパラメータ調整システムであるEcoPARI-GAも導入されており、観測値と数値シミュレーション結果の比較による客観的なパラメータ調整が可能です。