研究について

研究成果

東京湾の海水交換と貧酸素化に及ぼす淡水流入と風の影響について

発行年月 港湾空港技術研究所 資料 1276 2013年09月
執筆者 鈴木高二朗
所属 海洋情報研究領域 海洋環境情報研究チーム
要旨  東京湾に流入する栄養塩などの物質の多くは東京湾口を通した外海との海水交換によって東京湾から流出する。また東京湾は本州南岸を流れる黒潮の影響を受け、海水交換によって大きな熱交換が発生して湾内の水温が変化している。したがって東京湾内の水質の現状を把握し将来を予測するためには東京湾口での海水交換と物質収支の特徴を明らかにする必要がある。しかしながら、東京湾口での海水交換や物質収支に関しては未だに不明な点が多く、特に淡水流入や風がどのように東京湾の海水交換や栄養塩の収支に影響を与えているのかはこれまで明確でなかった。明確にできなかったのは、湾内の面的な流れを計測するのが困難だったからであり、たとえ計測できたにしても観測される流れは風による吹送流と淡水流入による密度流の重合したものであり、短期的な観測だけではそれらを分離できなかったためである。  一方、東京湾には大量の栄養塩が都市域から流入し、過度な富栄養化状態にあり、海底では春から秋にかけて底層に大規模な貧酸素水塊が発生し、生物の生息を困難にしている。貧酸素水塊の発達には底泥での酸素消費や赤潮後の酸素消費が寄与していることが明らかになってきているが、貧酸素水塊の発達に及ぼす風や淡水流入といった物理的な因子の影響については未だに不明な点が多い。たとえば、淡水流入は重力循環による海水交換を促進するが、一方で湾表層に低塩分水塊を広げて密度成層を強化して貧酸素化を強めているとも考えられる。また、夏季の東京湾に特徴的な南風は表層の酸素濃度の高い水塊を湾奥底層に送り込んで貧酸素化を軽減させるが、一方で表層流入・下層流出という重力循環と逆の流れを起こして海水交換を低下させている可能性がある。  そこで本研究では、このような湾口での海水交換と湾内の貧酸素水塊の発達に及ぼす淡水流入と風の影響を明らかにすることを目的とした。 本論文の主要な結論は以下のとおりである。 1) 東京湾口のフェリーに観測装置(ADCPと水質測定装置)を設置して2003年より長期連続観測を実施した。これにより、これまで海上交通が過密で海洋観測が困難だった東京湾口断面の流れと表層水質を観測することが可能となった。このような長期連続的な閉鎖性内湾湾口の断面流況観測は世界的にも例が無かった。なお、本論文ではフェリー観測に加えて、HFレーダーと千葉灯標の観測データをあわせて解析を実施した。 2) フェリーによって観測された東京湾口の年平均残差流は、表層流出、中層流入、下層流出という3層構造であり、この流速分布は毎年ほとんど変化がなかった。しかし、月平均残差流は変動が大きく、また季節的な傾向が見られた。なお、東京湾の海水交換日数は約1ヶ月であることから、本論文では主に月平均の海水交換量の特徴を調べた。月平均海水交換量は春と秋が最も大きく、最大は10月の12,000(m3/s)だった。逆に冬1~3月と夏6~8月の海水交換量が小さく、最小値は1月の6,200(m3/s)だった。これを海水交換日数にすると最も早い10月は約18日、最も遅い1月が38日だった。これまで淡水流入の多い夏に海水交換が大きいと言われていた現象(宇野木、1998)と異なっていた。 3) 海水交換と淡水流入量、風を比較したところ、月平均淡水流入100m3/sよって480m3/sの海水交換が発生し、月平均の湾軸風速1m/sによって海水交換が900m3/s変動することが分かった。年平均淡水流入量424m3/sに対して海水交換量は2035m3/s発生する。一方、冬季(10~3月)の平均風速は北東風で2.5m/sであり、海水交換量は2250m3/s増加、夏季平均(6~9月)の平均風速は南西風で1.9m/sであり、海水交換量は1710m3/s減少していることになる。夏季の海水交換が小さいのは、夏季に特徴的な南風によって重力循環と逆向きの吹送流循環が発達し、相殺しあうためであることが分かった。 4) HFレーダーによって観測された表層流速とフェリーによって観測された海水交換量には強い相関が見られた。表層流速に及ぼす夏季の南西風の影響は強く、月平均で2.5m/s以上になると重力循環(表層流出・下層流入)と逆向きになることが分かった。さらに、湾表層流速の月平均残差流を調べたところ、春から秋にかけて東京湾の湾奥に時計回り循環が発生していること、さらにこの循環流の中心は緯度35.56°の線上に発生し、南西風が強いほど大きくなり、千葉側へ移動することが明らかとなった。 5) 流動モデルを用いて数値計算を実施し、塩分・水温および海水交換量の観測データを再現した。この再現計算を基本ケースとして淡水流入量や風、気温を変えて海水交換の応答を調べた。海水交換に対する影響度は北東風、淡水流入量、南西風、気温の順に大きく、風と淡水流入の影響はほぼ同程度であった。 6) 生態系モデルを用いて東京湾の溶存酸素やクロロフィルaなどの水質を再現した。再現ケースを基本ケースとして夏季の貧酸素水塊に及ぼす淡水流入量と風の影響を調べた。その結果、夏季に淡水流入量が増加すると時計回り循環流の影響で淡水は湾奥の千葉側表層に広がり、湾奥の密度成層を発達させて底層DOを低下させることが明らかになった。一方、夏季の南西風を強めると湾奥底層のDOは一時的に上昇するものの、海水交換が低下するなどして、最終的に密度成層の強化と底層DOの低下に至ることが分かった。 7) 千葉灯標の観測結果を調べたところ、淡水流入の増加にともなって夏季6~8月の表層塩分、密度成層、底層DOはそれぞれ低下、強化、悪化し、その傾向は平均風速が南よりの風の時により顕著であった。この傾向は本論文の計算結果を裏付けるものである。近年の都市化によって淡水流入と南よりの風は増加傾向にあり、いずれも夏季の東京湾底層の環境を悪化させている可能性が高いことが明らかとなった。
全文 /PDF/no1276.pdf