研究について

研究成果

鳥類の食性の探究による干潟生態系の保全と再生

発行年月 港湾空港技術研究所 報告 051-03-01 2012年12月
執筆者 桑江朝比呂、三好英一
所属 沿岸環境研究領域 沿岸環境研究チーム
要旨 干潟生態系の保全や再生をすすめるうえで、食物網の上位者である鳥類の保全が鍵をにぎる。干潟における典型鳥類種であるシギ・チドリ類は、採餌場として干潟利用しているため、餌環境の保全や再生が重要となる。これまで、シギ・チドリ類は、干潟に生息するゴカイやカニなどの底生無脊椎動物を餌としていると定性的に報告されることが多かった。しかし、実際の餌生物を特定し定量的に調べることは、技術的に非常に困難であった。さらに、餌生物や採餌量の決定要因については、未解明な部分が多く取り残されていた。本研究では、以上の背景をふまえ、シギ・チドリ類の食性を定量的に実証し、干潟生態系の保全や再生を実施する際の技術的なポイントを提案することを目的とした。「鳥類の食性は研究手法的に困難」という隘路を打開するため、超望遠ビデオカメラによる採餌行動解析、糞の安定同位体比分析、採餌器官の形態解析など、様々な新たな観測技術や定量技術を開発して導入し、生態学、生理学、行動学、形態学、系統学といった様々な学問分野の融合を図りつつ検討した。シギ・チドリ類は、餌密度の高い干潟を飛来地として選択して採餌していた。餌生物の種類や捕捉速度は、その利用可能性によって決定していた。たとえば、餌密度が高いエリア(パッチ)を利用するときや、堆積物の硬さなどの環境制約が緩いときに、捕捉速度は高まった。本研究により、これまでまったく知られていなかった餌が世界で初めて解明された。具体的には、干潟堆積物表面に発達するバイオフィルム(微生物やそれが放出する多糖類粘液で構成された混合物の薄い層)が、小型シギ類の主食となっていることを示した。さらに、この未知の餌の摂食が、より広範な、多くの種にも当てはまる事実であることを示し、どのような要因でバイオフィルムの摂食割合が決定されるのかを解明した。本研究により、餌生物に関する常識を覆すとともに、食物網構造の理解や、生態系の保全・再生のあり方に、パラダイム変換をも たらした。この新事実にもとづき、鳥類が提供する生態系サービスの持続的な享受を目標とした、干潟生態系の再生計画・設計に資する干潟のconfiguration(形状、構成、配置)を提案した。
全文 /PDF/vol051-no03-01.pdf