研究について

研究成果

微生物ループを考慮した浮遊生態系モデルの構築

発行年月 港湾空港技術研究所 報告 050-02 2011年06月
執筆者 田中陽二、中村由行、鈴木高二朗、井上徹教、西村洋子
所属 海洋環境制御システム研究領域 海洋環境情報研究グループ
要旨  沿岸の海域は陸域からの栄養塩が河川から流入し、プランクトンによる一時生産が活発に行われ、魚類も豊富に存在し、生態系にとって非常に重要な海域である。一方で、沿岸に近い陸域では都市化が進行している地域が多く、栄養塩負荷の増大によって赤潮や青潮などの発生が問題となっている。このような複雑である沿岸域の水環境を解析し、現状理解や対策の立案を行うツールとして、数値シミュレーションモデルは非常に有効である。一方、海洋生態学の分野で植物プランクトンを動物プランクトンが捕食するという古典的生食食物連鎖に加えて、細菌から原生動物、動物プランクトンへ至る経路、いわゆる微生物ループの重要性が80年代以降、明らかとなってきた。しかしながら、微生物ループのモデル化は現在でも模索が続いており、沿岸域で広く適用できる標準的なモデルは未だ確立されていない状況である。  そこで、本研究では当研究所で開発した非静水圧流動モデルをベースとして、微生物ループを考慮した新しい浮遊生態系モデルの開発を目的とした。さらに、開発されたモデルを用いて、伊勢湾での5年間の長期計算を実施し、精度の検証を行った。加えて、伊勢湾での微生物ループの役割について、計算結果から解析を行った。  伊勢湾での長期のシミュレーション結果を観測値と比較し、潮汐・潮流および塩分・水温場において非常に高い再現性を有していることを確認した。水質についても、植物プランクトンの鉛直分布や、夏場の底層貧酸素化を良好に再現していた。細菌や原生動物、動物プランクトン、植物プランクトン種の現存量は観測結果と概ね一致していたが、季節変動や鉛直分布の再現性については改良の余地が残された。  伊勢湾での微生物ループの役割について解析を行った結果、細菌の現存量(ストック)は生物量の4%であるが、細菌生産量(フロー)は一次生産量の18%に相当する高い割合であることが明らかとなった。また、動物プランクトンの飼料源は植物プランクトンが主体的であることを定量的に示した。さらに、伊勢湾中央部において、酸素消費に対する細菌の割合が底層で50%を占めることを明らかにした。  本研究で開発された浮遊生態系モデルは、沿岸域の水質・生態系環境を解析・予測するツールとして有用であることが示された。
全文 /PDF/vol050-no02.pdf