2016/12/11
文責:野津
2016年熊本地震(前震)の震源モデル(第一版)
-デジタルデータ付き-

経験的グリーン関数を用いた波形インバージョンにより2016年熊本地震(前震)の破壊過程を推定した.対象周波数は0.2-2Hzとした.グリーン関数としては,前震とのメカニズム(www.fnet.bosai.go.jp)の類似性の他,前震波形とのフーリエ位相特性の類似性を考慮し,表-1に示すEGF1の記録を用いた.

本震の破壊過程の推定(http://www.pari.go.jp/bsh/jbn-kzo/jbn-bsi/taisin/research_jpn/research_jpn_2016/jr_47.html)に用いたのと同じ図-1に示す8地点でのデータを用いた.これらの地点は,断層面上におけるすべりの時空間分布を効果的に拘束するため,震源断層に近い観測点を積極的に採用したものである.KiK-net観測点では,表層地盤の非線形挙動の影響が相対的に小さいと考えられる地中の記録を用いることを原則とした.しかし,KKMH06については,EGF1の地中の記録が0.2-2Hzの帯域で十分な精度を有していないと判断されたため,地表の記録を用いた.これらの地点におけるEW成分とNS成分の速度波形(0.2-2Hzの帯域通過フィルタを適用した波形),計16成分をインバージョンのターゲットとした.インバージョンには前震波形のS波を含む10秒間を用いた.

表-1 前震と解析に用いた小地震のパラメタ

 

時刻* 北緯* 東経* 深さ*
(km)
MJ*
走向**
(°)
傾斜**
(°)
すべり角**
(°)
前震 2016/04/14 21:26:34.4 32.742 130.808 11 6.5 212 89 -164
EGF1 2016/04/15 00:50:31.4 32.737 130.758 13 4.2 209 70 177
*気象庁による,**F-netによる(www.fnet.bosai.go.jp)


図-1 インバージョンで仮定した断層面と観測点の位置.は前震の震央(気象庁),★は本震の震央(気象庁),□は小地震の震央(気象庁),▲はインバージョンに用いた観測点をそれぞれ示す.

インバージョンで仮定した断層面の位置を図-1に示す.断層面は,気象庁による前震の震源(北緯33.742°,東経130.808°,深さ11km)を含むように設定した.走向と傾斜は,F-netによる前震のメカニズム解(表-1)と一致するように212°と89°とした.長さと幅については,今回はすでにpublishされている既往研究に合わせることを考え,Asano and Iwata (2016)と同様,長さ13km,幅12kmとした.

インバージョンはHartzell and Heaton(1983)の方法に基づいている.13km×12kmの断層を13×12の小断層に分割し,それぞれの小断層でのモーメントレート関数は,小地震のモーメントレート関数とインパルス列との合積で表されると仮定した.インパルス列は0.25秒間隔の12のインパルスからなるものとし,このインパルスの高さをインバージョンの未知数とした.したがって破壊フロント通過後の3.0秒間だけすべると仮定したことになる.破壊フロントは,気象庁の破壊開始点から同心円状に拡大するものとした.その拡大速度については,2.1km~3.0kmの範囲で0.1km刻みで値を変えて解析を試みたところ,2.1km/sのときに最も残差が小さくなったため,最終的に2.1km/sの場合の結果を採用した.基盤のS波速度は3.55km/sとした.インバージョンには非負の最小自乗解を求めるためのサブルーチン(Lawson and Hanson,1974)を用いた.また,すべりの時空間分布を滑らかにするための拘束条件を設けた.観測波と合成波を比較する際には記録のヘッダに記載された絶対時刻の情報を用いている.

インバージョンに用いた観測点(図-1の▲)における観測波(黒または灰色)と合成波(赤)の比較(0.2-2Hzの速度波形)を図-2に示す.これらの図において観測波を黒で示した部分がインバージョンに用いた区間(10秒間)である.多くの地点で観測波と合成波は良く一致している.

 

図-2 観測波(黒または灰色)と合成波(赤)の比較(0.2-2Hzの速度波形)

図-3にインバージョンの結果として得られた最終すべり量の分布を示す(北西側から見た図を示している).★は破壊開始点を示す.すべり量の絶対値は,EGF1の地震モーメント(F-netによる3.86×1015Nm)を利用して求めた.図-3に示すように,破壊開始点より3kmほど北東側の浅い位置に最終すべり量の大きい箇所がある.図-4にインバージョンの結果として得られた最大すべり速度の分布を示す(北西側から見た図を示している).★は破壊開始点を示す.各小断層における最大すべり速度は,各タイムウインドウにおけるすべり量を時間幅で割り,12のタイムウインドウに対する最大値を求めたものである.したがってこの値はタイムウインドウの時間幅(0.25秒)における平均値であり,真の最大すべり速度には対応しない.図-4に示すように,最終すべり量の大きい箇所で最大すべり速度も大きくなっている.この他に破壊開始点付近にも最大すべり速度のやや大きい箇所が見られる.本研究において最大すべり速度の大きい2箇所は,既往の研究(Asano and Iwata, 2016; Kubo et al., 2016)において最終すべり量の大きい2箇所に対応しているように見える.なお,図-3に示す震源モデルの小断層毎,タイムウインドウ毎のモーメント解放量(EGF1のモーメントに対する比)を参考のためテキストファイルに示す.

謝辞:本研究では国立研究開発法人防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録,F-NETのMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

図-3 推定された最終すべり量の分布

図-4 推定された最大すべり速度の分布