2016/8/9
文責:野津
2016年熊本地震(本震)の震源モデル(第二版)
-デジタルデータ付き-

経験的グリーン関数を用いた波形インバージョンにより2016年熊本地震(本震)の破壊過程を推定した.対象周波数は0.2-2Hzとした.グリーン関数としては,本震とのメカニズム(www.fnet.bosai.go.jp)の類似性の他,本震波形とのフーリエ位相特性の類似性を考慮し,表-1に示すEGF1とEGF2(前震と本震の間に生じている)の記録を併用するケースを基本とした(これをCase1とする).しかし,小地震記録の選択が結果に及ぼす影響を調べるため,断層面上に割り当てる小地震の組み合わせの異なるCase1-Case4の計4ケースを試みた(表-2).EGF3とEGF4についてはF-netによるCMT解は与えられていない.

用いるデータとしては,断層面上におけるすべりの時空間分布を効果的に拘束するため,震源断層に近い観測点を積極的に採用し,震源断層を取り囲む8地点(図-1)でのデータを用いた.KiK-net観測点では,表層地盤の非線形挙動の影響が相対的に小さいと考えられる地中の記録を用いることを原則とした.しかし,KKMH06については,地中の記録が0.2-2Hzの帯域で十分な精度を有していないと判断されたため,地表の記録を用いた(暫定版ではKMMH06でも地中の記録を用いていた).これらの地点におけるEW成分とNS成分の速度波形(0.2-2Hzの帯域通過フィルタを適用した波形),計16成分をインバージョンのターゲットとした.インバージョンには本震波形のS波を含む15秒間を用いた.

表-1 本震と解析に用いた小地震のパラメタ

 

時刻* 北緯* 東経* 深さ*
(km)
MJ*
走向**
(°)
傾斜**
(°)
すべり角**
(°)
本震 2016/04/16 01:25:5.4 32.753 130.762 12.0 7.3 226 84 -142
EGF1 2016/04/15 00:50:31.4 32.737 130.758 13.0 4.2 209 70 177
EGF2 2016/04/15 15:27:51.7 32.840 130.882 12.0 4.2 58 76 -143
EGF3 2016/04/16 04:51:24.5 32.753 130.752 14.0 4.3 - - -
EGF4 2016/04/15 07:29:55.9 32.835 130.887 12.0 4.2 - - -
*気象庁による,**F-netによる(www.fnet.bosai.go.jp)
表-2 解析ケース

 

断層面西側部分
(長さ16㎞)
断層面東側部分
(長さ24km)
Case1 EGF1 EGF2
Case2 EGF3 EGF2
Case3 EGF1 EGF4
Case4 EGF3 EGF4


図-1 インバージョンで仮定した断層面と観測点の位置.★は本震の震央(気象庁),□は小地震の震央(気象庁),▲はインバージョンに用いた観測点をそれぞれ示す.

インバージョンで仮定した断層面の位置を図-1に示す.断層面は,気象庁による本震の震源(北緯33.753°,東経130.762°,深さ12.0km)を含むように設定した.走向と傾斜は,暫定版ではF-netによる本震のメカニズム解(表-1)と一致するように46°と96°としていたが,本解析では,走向については地表地震断層の走向とより整合するように52°とした.長さは40km,幅は20kmとした.断層面を西側部分(長さ16km)と東側部分(長さ24km)に分け,それぞれ別の小地震を割り当てた(表-2).

インバージョンはHartzell and Heaton(1983)の方法に基づいている.40km×20kmの断層を20×10の小断層に分割し,それぞれの小断層でのモーメントレート関数は,小地震のモーメントレート関数とインパルス列との合積で表されると仮定した.インパルス列は0.25秒間隔の12のインパルスからなるものとし,このインパルスの高さをインバージョンの未知数とした.したがって破壊フロント通過後の3.0秒間だけすべると仮定したことになる.破壊フロントは,気象庁の破壊開始点から同心円状に拡大するものとした.その拡大速度については,Case1で様々に値を変えて解析を試みたところ,2.1km/sのときに最も残差が小さくなったため,以下の解析では2.1km/sに固定した.基盤のS波速度は3.55km/sとした.インバージョンには非負の最小自乗解を求めるためのサブルーチン(Lawson and Hanson,1974)を用いた.また,すべりの時空間分布を滑らかにするための拘束条件を設けた.観測波と合成波を比較する際には記録のヘッダに記載された絶対時刻の情報を用いている.

Case1について,インバージョンに用いた観測点(図-1の▲)における観測波(黒または灰色)と合成波(赤)の比較(0.2-2Hzの速度波形)を図-2に示す.これらの図において観測波を黒で示した部分がインバージョンに用いた区間(15秒間)である.多くの地点で観測波と合成波は良く一致している.KMMH16では,NS成分については20s付近のパルスも含めほぼ完全に再現されているが,EW成分は合成波の振幅が不足している.これは大地震と小地震との間のメカニズムの一致が完全ではないためと考えられる.同様にKMM011ではNS成分はほぼ完全に再現されているがEW成分は過小評価されている.KMM006ではEW成分の結果は良好であるがNS成分は過小評価されている.

Case2,3,4について,観測波(黒または灰色)と合成波(赤)の比較(0.2-2Hzの速度波形)を図-3図-4図-5に示す.Case1と同様に基本的には多くの地点で観測波と合成波は良く一致している.断層面の西側部分にEGF3を用いたCase2とCase4では,KMM011のEW成分の結果は改善されたが,NS成分の結果はかえって悪くなった.このことは,EGF1とEGF3のいずれも,本震の断層面の西側部分とメカニズムが完全には一致していないことを示すと考えられる.断層面の東側部分にEGF4を用いたCase3とCase4では,KMM004での結果は悪くなったが,KMMH06での結果は改善された.

観測波と合成波の一致度を示す指標として,式(1)で定義されるVRを求めたところ,VRの全観測点に対する平均値は,Case1,Case2,Case3,Case4のそれぞれに対し,62.4 %,65.8 %,61.4 %,63.9 %となった.

    (1)

ここにs(t)は合成波,o(t)は観測波である.積分区間はインバージョンに用いた区間と一致させた.

図-6にインバージョンの結果として得られた最終すべり量の分布を示す(南東側から見た図を示している).★は破壊開始点を示す.すべり量の絶対値は,小地震の地震モーメントを利用して求めた.EGF1とEGF2についてはF-netのCMT解の値を用いた(EGF1が3.86×1015Nm,EGF2が1.92×1015Nm).EGF3については,F-netのCMT解は得られていないが,解析に用いた8地点においてEGF1に対するフーリエスペクトル比を求めたところ,その対数平均が低周波側でほぼ1となったため(図-7左),EGF3とEGF1の地震モーメントは等しいとした.同様に,EGF4については,F-netのCMT解は得られていないが,解析に用いた8地点においてEGF2に対するフーリエスペクトル比を求めたところ,その対数平均が低周波側でほぼ1となったため(図-7右),EGF4とEGF2の地震モーメントは等しいとした.図-6に示すように,小地震記録の選択が最終すべり量分布の推定結果に及ぼす影響は基本的に小さいと言える.いずれの結果においても,破壊開始点より15kmほど北東側に著しくすべり量の大きい箇所があり,その位置はケース間でほとんど変わらない.

図-7 小地震間のスペクトル比

図-8にインバージョンの結果として得られた最大すべり速度の分布を示す(南東側から見た図を示している).★は破壊開始点を示す.各小断層における最大すべり速度は,各タイムウインドウにおけるすべり量を時間幅で割り,12のタイムウインドウに対する最大値を求めたものである.したがってこの値はタイムウインドウの時間幅(0.25秒)における平均値であり,真の最大すべり速度には対応しない.図-8に示すように,小地震記録の選択が最大すべり速度分布の推定結果に及ぼす影響は基本的に小さいと言える.いずれの結果においても,破壊開始点より15kmほど北東側に最大すべり速度の大きい箇所があり,その位置はケース間でほとんど変わらない.

なお,図-6に示すCase1の震源モデルの小断層毎,タイムウインドウ毎のモーメント解放量(その要素に割り当てられた小地震のモーメントに対する比)を参考のためテキストファイルに示す.

ここで得られた結果をもとに,震源断層の破壊過程と震源近傍の強震動の関係を議論してみると,まず,インバージョン結果は明らかに破壊開始点よりも15kmほど北東側にすべり量とすべり速度の大きい領域が存在していたことを示している.この領域を仮に「アスペリティ」と呼ぶ.いずれの解析ケースにおいても,破壊は図-9に矢印で示すようにまずは深部に進み,その後,破壊は向きを変えて浅部に向かいアスペリティを横切ったと推定される.断層面の西側のすべり分布は小地震の選択に依存する部分もあるが,いずれにしても,破壊開始点とKKMH16(益城)を結ぶ線上ではすべり量,すべり速度とも小さかったと推定される.すなわち破壊開始点とKKMH16(益城)を結ぶ線上にはアスペリティは無かったと推定される.よって,益城町におけるパルス状の大振幅地震動は,アスペリティの破壊のフォワード側で生じたと解釈することには無理がある.すなわち,兵庫県南部地震の際に神戸市内で観測されたパルス状の大振幅地震動と同じように解釈することはできないと考えられる.震源断層の破壊過程に関して言えば,益城の地震動は”worst case scenario”とは言えないものである.一方,破壊開始点の15kmほど北東側の「アスペリティ」の破壊はフォワード側に大振幅地震動をもたらしたはずである.この地域における道路橋の大被害(日経コンストラクション,2016)は「アスペリティ」の破壊と無関係ではないであろう.現地のサイト特性を考慮した上で橋梁に作用した地震動を推定することが必要である.

また,本研究の結果を,同じ地震を対象とした別の波形インバージョン結果と比較すると,整合する部分と整合しない部分があるが,例えば京都大学防災研究所 地震災害研究部門の結果(http://sms.dpri.kyoto-u.ac.jp/k-asano/pdf/20160416KumamotoEQ_v20160513.pdf)と比較すると,大きなすべりが生じている箇所などの点で,両者の結果は互いに類似している.使用したグリーン関数は,本研究は経験的グリーン関数で,京都大学防災研究所 地震災害研究部門の解析は水平成層構造の理論的グリーン関数である.また,使用した観測点も両者で全く異なる.それにも関わらず,両者が類似した結果に至っていることから,これらの震源モデルにより破壊過程の重要な部分は捉えられていると考えている.

謝辞:本研究では国立研究開発法人 防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録,F-netのCMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

図-9 破壊の進展を示す図