2011/7/29
2011年東北地方太平洋沖地震による川崎-Gにおける地震動の事後推定

1. はじめに

2011年東北地方太平洋沖地震(以下,本震と呼ぶ)の際,川崎港では強震記録が得られていない.ここではサイト特性置換手法1)を拡張した手法2)により川崎港の強震観測地点「川崎-G」における地震動の推定を行った.この方法は,対象地点周辺における強震観測点(基準観測点と呼ぶ)で得られた本震記録に対し,サイト増幅特性の補正を行うことにより対象地点における本震の地震動のフーリエ振幅を推定し,一方,対象地点における本震の地震動のフーリエ位相は,対象地点で得られている余震など他の地震のフーリエ位相で近似することにより,対象地点における本震の地震動を推定するものである.ただし,本震時の基準観測点における地震動に対しては複数のサブイベントからの寄与があることは明らかで,本震のフーリエ位相を1個の余震のフーリエ位相で近似することはできない.そこで,これまで高砂埠頭などで行ってきているように,基準観測点における地震動から波形の前半部分と後半部分を切り出し,各々に対して既存のサイト特性置換手法を適用して対象地点における地震動に変換し,最後にそれらを重ね合わせることにより,川崎-Gにおける地震動を推定した.

2. 基準観測点の選定とサイト増幅特性の補正方法

川崎港の周辺における強震観測点としてはK-NET川崎(KNG001)がある.図-1はKNG001における本震のフーリエスペクトル(水平2成分のベクトル和をとりバンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用したもの)とサイト増幅特性3)との比較を行ったものである.これを見ると,サイト増幅特性に見られる山谷が本震時のフーリエスペクトルでは系統的に低周波側に移動しており,本震時の地震動が地盤の非線形挙動の影響を受けていたことは明らかである.このような場合,地盤の非線形挙動の影響を受けていない他の観測点を探すが,あるいは,KNG001の記録から地盤の非線形挙動の影響を除去するか,いずれかの方法をとる必要がある.しかしながら,川崎周辺で,地盤の非線形挙動の影響を全く受けていない観測点を探すことは困難である.

図-1
図-1 KNG001における本震のフーリエスペクトルとサイト増幅特性3)
図-2
図-2 KNG001におけるサイト増幅特性を対数軸上で左に平行移動し
さらに10倍したものと本震のフーリエスペクトルとの比較

そこで,石巻港で実施したように4),サイト増幅特性に対し,非線形時における地盤のS波速度の低下に対応した補正を加える.図-1のサイト増幅特性を,ピーク周波数が線形時の0.8倍となるように対数軸上で平行移動すると,サイト増幅特性と本震スペクトルの山谷は概ね一致するようになる(図-2).なお,図-2では分かりやすくするためサイト増幅特性を10倍して示している.これと同様の非線形効果が川崎-Gのサイト増幅特性に対しても本震時に生じていたと考える.すなわち,川崎-Gにおける線形時のサイト増幅特性を,ピーク周波数が線形時の0.8倍となるように対数軸上で平行移動したものが,川崎-Gにおける本震時のサイト増幅特性であったと考える.結果的に,KNG001と川崎-Gの各々に対して図-3に示すような(本震時の)サイト増幅特性を考え,これにより,補正を行う.

図-3
図-3 本計算で仮定したKNG001および川崎-Gにおける本震時のサイト増幅特性

なお,非線形時には地盤のS波速度が低下すると同時に地盤の減衰定数が大きくなるので,本震時のサイト増幅特性は実際には図-3に示すものよりも低下していたものと考えられる.しかし,その低下率がKNG001と川崎-Gとで異なっていたと考えるだけの積極的な理由は無いので,ここではその低下率はKNG001と川崎-Gとで同様であったと考える.このように考えると,比をとる段階で低下率同士がキャンセルされるので,図-3に示したサイト増幅特性の比をとるのと結果は同じになる.

3. 川崎-Gの地表における地震動の推定

まず,K-NET川崎の地震動に対して,90秒~110秒の範囲でテーパーをかけることにより,前半部分と後半部分の切り出しを行った.切り出された前半部分を図-4に,後半部分を図-5に示す.なお方向成分については川崎-Gと合わせるため座標変換を行っている.

図-4
図-4 K-NET川崎の地表における地震動(前半部分)
図-5
図-5  K-NET川崎の地表における地震動(後半部分)

次に,切り出された前半部分のフーリエスペクトルを計算し,K-NET川崎と川崎-Gの本震時のサイト増幅特性(図-3)の比を乗じることにより,川崎-Gの地表におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

(川崎-GにおけるE16N成分)=(K-NET川崎におけるE16N成分)×(サイト増幅特性の比)

(川崎-GにおけるN16W成分)=(K-NET川崎におけるN16W成分)×(サイト増幅特性の比)

のように推定を行った.さらに,得られたフーリエスペクトルと2005年8月16日宮城県東方沖の地震(M7.2)による川崎-Gでのフーリエ位相を組み合わせ,フーリエ逆変換することにより,川崎-Gにおける本震時の地震動の前半部分を推定した.

また,これと同様の作業を波形の後半部分に対しても行うことにより,川崎-Gにおける本震時の地震動の後半部分を推定した.この時,2005年10月16日茨城県南西部の地震(M5.1)による川崎-Gでのフーリエ位相を用いた.なお,この後半部分の推定に対して上記の地震を用いたのは,K-NET川崎における本震時の地震動の後半部分と上記地震によるK-NET川崎での地震動のフーリエ位相が類似していることが確認されたためである.

最後に,川崎-Gにおける前半部分と後半部分を足し合わせることで,川崎-Gにおける本震時の地震動を推定した.このとき,前半部分と後半部分の足し合わせは,速度波形の形状がK-NET川崎と類似したものとなることを念頭に足し合わせを行った.結果を図-6に示す.

図-6
図-6 川崎-Gの地表における地震動の推定結果

4. 川崎-Gの工学的基盤における地震動の推定

最後に表-1に示す既存の地盤モデル5)に基づいて線形の重複反射理論により工学的基盤(表-1におけるS波速度450m/sの地層)での2Eを求めた.結果を図-7に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

表-1 川崎-Gの地盤モデル5)
層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3)
5.00 110.0 1.90
7.00 160.0 1.95
4.00 130.0 1.65
16.00 150.0 1.65
9.00 210.0 1.65
3.00 380.0 1.85
25.00 250.0 1.70
450.0 2.00
図-7
図-7 推定された川崎-Gの工学的基盤における2E波

6. 推定波の利用上の注意

ここに推定された地震動はあくまでも川崎-Gに対応したものである.この地震動が川崎港のどの範囲で適用可能であるかについては別途微動観測等を行い確認する必要がある.また,ここで得られた地震動はS波速度が450m/s程度の地層における2E波であるため,解析に用いる場合,S波速度がこれと大きく異ならない地層における2E波として用いる必要がある.

謝辞

本研究では防災科学技術研究所の強震記録を使用しています.ここに記して謝意を表します.

 

参考文献

1)Y. Hata, A. Nozu and K. Ichii: A practical method to estimate strong ground motions after an earthquake, based on site specific amplification and phase characteristics, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.101, No.2, pp.688-700, 2011.

2)2011年東北地方太平洋沖地震による仙台塩釜港(仙台港区)高砂埠頭における地震動の事後推定(第1版)

3)野津厚・長尾毅:スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料 No.1112, 2005年12月.

4)2011年東北地方太平洋沖地震による石巻港雲雀野埠頭における地震動の事後推定(第1版)

5)野津厚・若井淳:港湾地域強震観測年報(2009),港湾空港技術研究所資料,No.1223,2010年12月.