2011/5/21
2011年東北地方太平洋沖地震による仙台塩釜港(仙台港区)高砂埠頭における地震動の事後推定(第1版)
(2011/6/30に修正しました)

1. はじめに

2011年東北地方太平洋沖地震の際,仙台塩釜港(仙台港区)では,強震観測点である仙台-G(図1)において強震記録が得られている1).しかし,H.19年度~H.20年度にかけて仙台塩釜港(仙台港区)高松埠頭(図1)において東北地方整備局仙台港湾空港技術調査事務所により実施された臨時の地震観測の結果から,仙台-Gと高松埠頭ではサイト増幅特性が大幅に異なっていることがわかっている1).このことから,高松埠頭からその対岸に位置する高砂埠頭(図1)にかけても,地下構造および地震動特性がさらに変化している可能性がある.そこで,本研究では,過去に一度も地震観測の実施されたことのない高砂埠頭において余震観測を実施し,その結果に基づき,高砂埠頭におけるサイト増幅特性の評価ならびに2011年東北地方太平洋沖地震(以下,本震という)による地震動の事後推定を実施した.

図-1

図1 今回の余震観測地点()と過去に臨時の地震観測が実施されたことのある場所(▲)

2. 余震観測およびサイト増幅特性の評価

余震観測は5月2日夕方から5月5日未明にかけて実施した.観測地点は図1にで示す仙台-G(塩釜港湾・空港整備事務所)と高砂埠頭である.なお,図1の▲は過去に臨時の地震観測が実施されたことのある場所である.

表1 観測された地震
地震番号 日時 震央地名 深さ マグニチュード 備考
EQ1 5/3 22:36 宮城県沖 約40km 4.7         
EQ2 5/3 22:57 福島県浜通り 約20km 4.5  
EQ3 5/5 2:36 宮城県沖 約40km 4.1  
図-2

図2 各地震による両地点のフーリエスペクトル

図-3

図3 埠頭-事務所間のスペクトル比

図-4

図4 今回得られた高砂埠頭におけるサイト増幅特性

今回の観測の結果,十分にSN比の良い記録として,表1に示す3つの地震の記録が得られた.観測された地震は,海溝付近の地震が2つ,内陸地殻内地震が1つである.各地震による両地点のフーリエスペクトル(バンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用し水平2成分のベクトル和をとったもの)を図2に示す.高砂埠頭-仙台-G間のスペクトル比を図3に示す.この結果から,高砂埠頭-仙台-G間のスペクトル比はかなり安定しており,海溝付近の地震(EQ1とEQ3)と内陸地殻内地震(EQ2)でもあまり違いはないことがわかる.図2よりスペクトル比の平均を求め,それを仙台-Gのサイト増幅特性(地震基盤~地表)2)に乗じることにより,高砂埠頭でのサイト増幅特性(地震基盤~地表)を推定した.結果を図4に赤で示す.高砂埠頭のサイト増幅特性は1Hzを中心とする帯域で事務所よりもはるかに大きいことがわかる.すなわち,2011年東北地方太平洋沖地震において高砂埠頭に作用した地震動は,仙台-Gで観測された地震動と比較して,1Hzを中心とする帯域ではるかに大きかったと考えられる.推定された高砂埠頭でのサイト増幅特性(地震基盤~地表)の数値データをテキストファイルに示す.

図-5

図5 図4に雷神埠頭におけるサイト増幅特性(塩釜港湾・空港整備事務所による)
を追加したもの

この結果を過去に仙台塩釜港(仙台港区)の他の場所で実施された地震観測結果と比較してみる.まず高松埠頭においてはH.19年度~H.20年度にかけて仙台技調により地震観測が実施され,その結果に基づいて当所でサイト増幅特性の評価を行っている.その結果を図4に緑の線で示している(国総研HPのL1地震動はこのサイト増幅特性に基づいて算定されている).この結果から,高松埠頭におけるサイト増幅特性と高砂埠頭におけるサイト増幅特性はかなり類似していることがわかる.従って東北地方太平洋沖地震において高松埠頭に作用した地震動と高砂埠頭に作用した地震動は同程度であったと考えられる.

さらに,H.20年度には雷神埠頭の背後において,塩釜港湾・空港整備事務所により地震観測とサイト増幅特性の評価が行われている.その結果得られた雷神埠頭におけるサイト増幅特性を図5に示す.雷神埠頭におけるサイト増幅特性も大局的には高松埠頭や高砂埠頭でのサイト増幅特性と大きくは異ならないと言える.ただし0.4Hz~0.8Hzでは雷神埠頭のサイト増幅特性は高松埠頭や高砂埠頭に比べ小さい.0.4Hz~0.8Hzは岸壁に対して比較的影響を及ぼしやすい周波数成分である.従って,東北地方太平洋沖地震の際,雷神埠頭に作用した地震動は,高松埠頭や高砂埠頭に作用した地震動に比べ,岸壁に対してやや影響を及ぼしにくい地震動であった可能性がある.

以上をまとめると次のように整理できる.

○今回余震観測を行った高砂埠頭と,H.19-H.20に仙台港湾空港技術調査事務所が臨時の地震観測を行った高松埠頭との地震動特性は類似している.従って東北地方太平洋沖地震の際に作用した地震動は高松埠頭と高砂埠頭で同程度であったと考えられる.

○雷神埠頭に作用した地震動は,高松埠頭や高砂埠頭に作用した地震動に比べ,岸壁に対して影響を及ぼしやすい成分がやや少なかった可能性がある.ただし,仙台-Gで観測された地震動よりは,高松埠頭や高砂埠頭の地震動に近い.

○以前から指摘されているように仙台-Gと各埠頭との間では地震動特性が大幅に異なる。

3. 高砂埠頭における地震動の事後推定

ここではサイト特性置換手法3)により高砂埠頭における地震動の事後推定を行う.この方法は,対象地点周辺における強震観測点(基準観測点と呼ぶ)で得られた本震記録に対し,サイト増幅特性の補正を行うことにより対象地点における本震の地震動のフーリエ振幅を推定し,一方,対象地点における本震の地震動のフーリエ位相は,対象地点で得られている余震など他の地震のフーリエ位相で近似することにより,対象地点における本震の地震動を推定するものである.ただし本震時に仙台-Gおよび周辺の観測点で観測された地震動は大きく二つの山からなり(図6),それぞれ別のサブイベントに起因することは明らかである.この場合,本震のフーリエ位相が1個の余震のフーリエ位相で近似できないことは明らかである.そこで,このような波形に対応するために,既存のサイト特性置換手法3)を拡張し,新たな手法の開発を行った.すなわち,基準観測点における地震動から波形の前半部分と後半部分を切り出し,各々に対して既存のサイト特性置換手法を適用して対象地点における地震動に変換し,最後にそれらを重ね合わせるという方法である.

図-6

図6 2011年東北地方太平洋沖地震の際,仙台-Gで観測された地震動

基準観測点としては仙台-Gを選定した.ただし仙台-Gにおける鉛直アレー観測記録の解析結果によると,仙台-Gの地盤は本震時にわずかではあるが非線形挙動を示していたと考えられる1).そこで,仙台-Gでの本震観測記録から表層地盤の非線形挙動の影響を取り除くための処理を最初に行った.このことを含め,地震動推定の一連の手順を示したものが図7である.以下,この手順に沿って説明する.

図-7

図7 地震動推定の一連の手順

3.1 仙台-Gでの本震観測記録からの表層地盤の非線形挙動の影響の除去

仙台-Gの本震観測記録について,地表と地中のフーリエスペクトル(水平2成分のベクトル和をとりバンド幅0.05Hzのパーセンウインドウを適用したもの)の比を求め,図8に示した.この図では比較のため,地盤が線形の範囲で挙動していると考えられる過去の地震によるスペクトル比を破線で併記している.この図から,仙台-Gでは,スペクトル比のピークが線形時よりも若干低周波側に移動しており,若干の非線形挙動が生じていることがわかる.そこで,仙台-Gの記録に対して非線形/線形の重複反射理論を適用し,非線形挙動の影響を除去することを試みた.そのため,まず,非線形時(本震時)と線形時の各々に対応する地盤モデルを作成した.地盤モデルは,PS検層結果による地盤モデル4)をもとに,S波速度と減衰定数のチューニングを行うことにより,図8のスペクトル比を満足するような地盤モデルを求めた.結果を表2と表3に示す.これらの地盤モデルを用いれば,図9に示すように,非線形時および線形時の地表/地中のスペクトル比はほぼ再現される.そこで,まず表2の地盤モデルを用いて重複反射理論により仙台-Gの地表の観測記録を工学的基盤の地震動に変換し,次に表3の地盤モデルを用いて重複反射理論によりこれを仙台-Gの地表における線形時の地震動に変換した.結果を図10に示すが,非線形挙動の影響を除去する前の地震動(図6)と比較して大きな変化はない.

図-8

図8 地表/地中のスペクトル比(仙台-G/仙台-GB)

表2 仙台-Gにおける非線形時(本震時)の地盤モデル
層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3 減衰定数
3.0 149.5 1.75 0.09
4.0 207.0 1.85 0.09
3.4 820.0 2.40 0.09
820.0 2.40
表3 仙台-Gにおける線形時の地盤モデル
層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3 減衰定数
3.0 182.0 1.75 0.05
4.0 252.0 1.85 0.05
3.4 820.0 2.40 0.05
820.0 2.40
図-9

図9 地盤モデルによる地表/地中のスペクトル比の再現

図-10

図10 仙台-Gの地表における線形時の地震動

3.2 高砂埠頭の地表における地震動(線形時)の推定

まず,図10に示す地震動に対して,45秒~65秒の範囲でテーパーをかけることにより,前半部分と後半部分の切り出しを行った.切り出された前半部分を図11に,後半部分を図12に示す.

図-11

図11 仙台-Gの地表における線形時の地震動(前半部分)

図-12

図12 仙台-Gの地表における線形時の地震動(後半部分)

次に,切り出された前半部分のフーリエスペクトルを計算し,仙台-Gと高砂埠頭のサイト増幅特性(図4)の比を乗じることにより,高砂埠頭の地表におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

 

  (高砂埠頭におけるEW成分)=(仙台-GにおけるEW成分)×(サイト増幅特性の比)
  (高砂埠頭におけるNS成分)=(仙台-GにおけるNS成分)×(サイト増幅特性の比)

 

のように推定を行った.さらに,得られたフーリエスペクトルと余震記録のフーリエ位相を組み合わせ,フーリエ逆変換することにより,高砂埠頭における本震時の地震動の前半部分を推定した.なお,このとき用いる余震記録としては,仙台-Gにおける本震観測記録のフーリエ位相と余震観測記録のフーリエ位相の類似性を検討した上で,2011年5月3日22時36分宮城県沖の地震(M4.7)による高砂埠頭での記録を採用した.

さらに,これと同様の作業を波形の後半部分に対しても行い,高砂埠頭における本震時の地震動の後半部分を推定し,最後に前半部分と後半部分を足し合わせることで,高砂埠頭における本震時の地震動(ただし地盤が線形の場合の地震動)を推定した.このとき,前半部分と後半部分の足し合わせは,前半部分と後半部分の各々に対応するS波初動の間隔が仙台-Gと同様となるように足し合わせを行った.結果を図13に示す.

図-13

図13 高砂埠頭の地表における地震動の推定結果(ただし地盤線形時)

3.3 高砂埠頭の工学的基盤における地震動の推定

最後に表4に示す通り既存の土質調査結果に基づいて高砂埠頭の余震観測地点における地盤モデルを作成し,線形の重複反射理論により,工学的基盤(表4におけるS波速度480m/sの地層)での2Eを求めた.結果を図14に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

表4 高砂埠頭の地盤モデル
層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3 減衰定数
3.80 260.8 1.800 0.03
7.45 173.1 2.000 0.03
8.84 140.0 1.860 0.03
4.41 140.0 1.568 0.03
1.54 180.0 1.568 0.03
3.20 180.0 1.781 0.03
0.76 180.0 1.900 0.03
2.29 280.0 1.900 0.03
2.45 280.0 2.000 0.03
0.65 280.0 1.700 0.03
1.65 280.0 2.000 0.03
0.46 280.0 2.100 0.03
480.0 2.100
図-14

図14 推定された高砂埠頭の工学的基盤における2E波

3.4 種々の地震動の比較

ここまでのステップで登場した種々の地震動のフーリエスペクトルの比較を行う.図15に示すように,仙台-Gでの地震動と高砂埠頭での地震動には大きな違いがあり,地震基盤~工学的基盤の増幅特性の場所による違いが大きいことがわかる.

図-15

図15 各種の地震動のフーリエスペクトルの比較

4. 推定波の利用上の注意

ここに推定された地震動はあくまでも高砂埠頭でのものであるが,図4に示すように高砂埠頭と高松埠頭ではサイト増幅特性は大きくは異ならないと考えられるため,高松埠頭に対しても適用可能であると考えられる.また,雷神埠頭での地震動は,高砂埠頭や高松埠頭に比べ,岸壁に対して影響を及ぼしやすい成分がやや少なかった可能性があるが,安全側の解析を目的とする場合には,ここで得られた地震動が適用可能である.ただし,ここで得られた地震動はS波速度が480m/s程度の地層における2E波であるため,解析に用いる場合,S波速度がこれと大きく異ならない地層における2E波として用いる必要がある.

謝辞

余震観測では東北地方整備局塩釜港湾・空港整備事務所および仙台港湾空港技術調査事務所の皆様にたいへん御世話になりました.また本研究では気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

 

参考文献

1)高橋重雄・戸田和彦・菊池喜昭・菅野高弘・栗山善昭・山﨑浩之・長尾毅・下迫健一郎・根木貴史・菅野 甚活・富田孝史・河合弘泰・中川康之・野津厚・岡本修・鈴木高二朗・森川嘉之・有川太郎・岩波光保・水谷崇亮・小濱英司・山路徹・熊谷兼太郎・辰巳大介・鷲崎誠・泉山拓也・関克己・廉慶善・竹信正寛・加島寛章・伴野雅之・福永勇介・作中淳一郎・渡邉祐二:2011年東日本大震災による港湾・海岸・空港の地震・津波被害に関する調査速報,港湾空港技術研究所資料No.1231,2011年4月.

2)野津厚・長尾毅:スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料 No.1112, 2005年12月.

3)Y. Hata, A. Nozu and K. Ichii: A practical method to estimate strong ground motions after an earthquake, based on site specific amplification and phase characteristics, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.101, No.2, pp.688-700, 2011.

4)野津厚・若井淳:港湾地域強震観測年報(2009),港湾空港技術研究所資料,No.1223,2010年12月.