2016/12/15
文責:野津
2016年熊本地震の前震(M6.5)の特性化震源モデル
1. 地震と解析の概要

この地震は2016年4月14日21時26分ごろ熊本県を震源として発生したMJ6.5の地震である.この地震の震源周辺で被害の発生した箇所での地震動を推定することなどを主な目的として,特性化震源モデルを作成した.

 


図-1 震源断層と解析対象地点の位置関係.は前震の震央(気象庁),★は本震の震央(気象庁),□は位相特性の評価に用いた中小地震の震央(気象庁),▲は解析対象地点をそれぞれ示す.

この地震の震源域周辺を概略的に図-1に示す.図-1に示す長方形は波形インバージョン(http://www.pari.go.jp/bsh/jbn-kzo/jbn-bsi/taisin/research_jpn/research_jpn_2016/jr_50.html)で用いられた断層面(長さ13km,幅12km,走向212°,傾斜角89°)を地表面に投影したものである.図-2にインバージョンの結果として得られた最大すべり速度の分布を示す(北西側から見た図を示している).★は気象庁発表の震源(破壊開始点)を示す.インバージョンの結果によると,破壊開始点付近と,破壊開始点より3kmほど北東側の浅い位置に最大すべり速度の大きい箇所(アスペリティ)があったと推定される.これらのアスペリティの破壊により震源近傍の益城町(図-1のKMMH16など)に震度7の地震動がもたらされたと考えられる.

ここでは,震源周辺で強震記録の得られている地点での地震動を説明できるような特性化震源モデルを構築することをここでは試みた.着目した地点は図-1に示す7地点である.設定された特性化震源モデルの熊本港(図-1)への適用性を確認するため,震源から見て熊本港と同一の方位に存在するNGS012(K-NET島原)を解析対象に加えた.波形の計算には経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法(古和田他,1998;野津・菅野,2008;野津他,2009)を用いた.

 

2. サイト増幅特性

本検討の対象地域においては,既往の研究(野津・長尾,2005)でスペクトルインバージョンによるサイト増幅特性の評価が行われており,今回はこれを用いた.ただし,KMM006については,サイト増幅特性の評価が行われた時期の後に移設されているため,再評価を行ったサイト増幅特性(http://www.pari.go.jp/bsh/jbn-kzo/jbn-bsi/taisin/research_jpn/research_jpn_2016/jr_48.html)を用いた.また,KMMH16についても,新しいデータに基づいて再評価を行ったサイト増幅特性を用いた.ただし,いずれの場合も新旧のサイト増幅特性には決定的な違いは見られなかった.

 

3. 位相特性

位相特性の評価にはすべての地点で4月15日0:50の地震(MJ4.2)を用いた.この地震の震源パラメタを前震の震源パラメタとともに表-1に示す.また,震央を前震の震央とともに図-1に示す.

表-1 前震と位相特性の評価に用いた中小地震のパラメタ
 

時刻*

北緯*

東経*

深さ*
 (km)

MJ*

前震

2016/04/14 21:26

32.742

130.808

11

6.5

中小地震1

2016/04/15 00:50

32.737

130.758

13

4.2


*気象庁による

 

4. 特性化震源モデル

作成した特性化震源モデルを図-2に示す.アスペリティは,波形インバージョンの結果を参考に,最大すべり速度が大きいと推定された2箇所にアスペリティ1とアスペリティ2を置いた.各アスペリティのパラメタを表-2に示す.各アスペリティの破壊は図-2に示すアスペリティ毎の破壊開始点(★または☆)から同心円状に拡大するものとした.ライズタイムについては,アスペリティの幅と破壊伝播速度から片岡他(2003)の式で算定される値の1.5倍とした.なお,Qs値は既往の研究(加藤,2001)に基づきQs=104×f 0.63とした.この震源モデルを強震波形計算プログラムsgf51.exe(港空研資料No.1173)に入力できる形式にしたものをテキストファイルに示す.

図-2 2016年熊本地震の本震の特性化震源モデル

表-2 2016年熊本地震の前震の特性化震源モデルのパラメタ
 

アスペリティ1

アスペリティ2

破壊開始点東経(deg)

130.808

130.809

破壊開始点北緯(deg)

32.742

32.742

破壊開始点深さ(km)

11.0

7.0

長さ(km)×幅(km)

2.5×2.5

3.0×3.0

M0(Nm)

1.50E+24

1.30E+24

相対破壊開始時刻(s)

0.0

2.7

破壊伝播速度(km/s)

2.8

2.8

ライズタイム(s)

0.33

0.40

分割数

5×5×5

5×5×5

 

5. 地震動の再現結果

地震動を計算するにあたり,KMM008では多重非線形効果を考慮する方法(野津・盛川,2003;野津・菅野,2008)を用いた.その際必要となるパラメタのうち,ν1についてはサイト増幅特性のピーク周波数と観測スペクトルのピーク周波数とのずれに基づいて0.95とし,ν2については地震動の後続位相の振幅ができるだけ妥当なものとなるよう0.01とした.図-3に各地点での速度波形(0.2-2Hz)の再現結果を示す.図-4に各地点でのフーリエスペクトル(水平2成分の自乗和平方根,バンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用)の再現結果を示す.各地点における速度波形とフーリエスペクトルは概ね良好に再現されている.速度波形の計算結果と観測結果の差が大きいのはKMM011である.この地点の計算結果の振幅が観測結果に近づくように(小さくなるように)震源モデルをチューニングすることは可能であるが,その場合,その副作用として,NGS012の振幅が過小評価となる.これは,断層面がほぼ鉛直な横ずれ断層であり,かつ,断層面から見てKMM011とNGS012がほぼ対象な方位にあるためである.KMM011とNGS012の両方の振幅を満足させることは困難であった.ここではNGS012での振幅の再現性を重視し,最終的に上述の震源モデルを設定した.

謝辞

本研究では防災科学技術研究所による地震観測記録を用いました.記して謝意を表します.

 

参考文献
片岡正次郎・日下部毅明・村越潤・田村敬一(2003):想定地震に基づくレベル2地震動の設定手法に関する研究,国土技術政策総合研究所研究報告No.15.

加藤研一(2001):K-NET強震記録に基づく1997年鹿児島県北西部地震群の震源・伝播経路・地盤増幅特性評価,日本建築学会構造系論文集,Vol.543,pp.61~68.

古和田明・田居優・岩崎好規・入倉孝次郎(1998):経験的サイト増幅・位相特性を用いた水平動および上下動の強震動評価,日本建築学会構造系論文集,Vol.514,pp.97~104.

野津厚・菅野高弘(2008): 経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法-因果性および多重非線形効果に着目した改良-, 港湾空港技術研究所資料 No.1173.

野津厚・長尾毅(2005):スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料,No.1112.

野津厚・長尾毅・山田雅行(2009):経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法の改良-因果性を満足する地震波の生成-,土木学会論文集A,Vol.65,pp.808-813.

野津厚・盛川仁(2003):表層地盤の多重非線形効果を考慮した経験的グリーン関数法,地震2,第55巻,pp.361-374.