海象情報研究グループ

旧海象情報研究室の紹介とこれまでの成果

Marine Information Group

海象情報研究室とは

 海象情報研究室は、2001年4月に独立行政法人港湾空港技術研究所の発足とともに海洋・水工部に設置された9研究室の1つとして誕生した新しい研究室ですが、運輸省港湾技術研究所の観測調査課、海象観測研究室そして海象調査研究室の一連の研究活動を引き継いだ、伝統ある研究室でもあります。
 室長を含む常勤研究者が2名だけの少数精鋭の研究室ですが、産学官との幅広い連携によって、わが国の沿岸海象情報の総合センターとして、地域へそして世界への貢献を目指しています。

海象情報研究室の研究テーマ

1.信頼性の高い波浪・潮位などの海象観測機器を開発します

(1).海象計

運輸技術審議会答申第10号(1981年)が示した、『波向観測の標準化と長周期波の観測を実用化させる』技術開発目標は、海象計の開発によって実現されました。海象計は、波高と周期を測る超音波式波高計に、海中超音波のドップラー原理を応用して3次元的な水粒子運動を測る機能を付加したものです。海象計には、水粒子の運動をもとに、波浪の方向スペクトル(波エネルギーの方向分布)を算出する、港湾空港技術研究所が開発したソフトが内蔵されています。海象計は、ナウファスにおける標準的な観測装置として、全国沿岸に展開が進められています。

海象計の海底設置センサー部の画像

海象計の海底設置センサー部

海象計の測定原理の画像

海象計の測定原理

方向スペクトルの観測例の画像

方向スペクトルの観測例

共同研究開発パートナー

(社)海洋調査協会

(株)カイジョーソニック

 

海洋水理研究室

(2).GPS津波計

津波・潮位などの海象情報をいち早く観測探知することは、沿岸域の防災上きわめて重要です。沿岸波浪観測のための海底設置式波浪計が、沖合における津波の波形を正確に探知できることが、実測データをもとに明らかにされつつあります。
しかし、長周期海面変動を定常的に観測することのできる海底設置式沿岸波浪計の設置は、維持補修の必要上、一般的に水深50m以下の浅海域に限定されているため、津波波形を観測探知してから実際の沿岸への津波の来襲までの時間差は数分間程度しかなく、十分な防災対策をとることは極めて困難でした。他方、海底部の維持補修作業が不要で大水深海域への設置が可能なブイの運動加速度計測を行うブイ式波浪計は、津波や潮位などの加速度の小さい長周期変動成分を捉えることは、事実上不可能です。このため、海底部の維持補修作業が不要な、新たな沖合海象観測システムの開発が望まれていました。
開発されたGPS津波計は、小型ブイ上のGPS受信部の3次元的な変位情報を得て、沖合の波浪・津波・高潮(潮位)を観測するシステムです。
大船渡港沖合の水深53m地点に2001年2月にブイを設置し、現地実証観測を継続実施中です。2001年の通年観測データをもとに検討を行いました。検討対象期間中には、低気圧や台風による高波浪期間や、ペルー地震津波の来襲が観測されました。

大船渡沖のGPS津波系の位置図の画像

大船渡沖のGPS津波系の位置図

GPS津波計の概要(mm単位)の画像

GPS津波計の概要(mm単位)

(3).空中発射型潮位計

波浪観測も潮位観測も、どちらも海面の上下変動の観測であり、中間の周波数領域である長周期波観測とともに、将来的には一体的に行われるべきものです。
通常の波浪観測では周期30秒以下の海面変動の測定をめざしますが、潮位観測では周期が半日から1日程度の海面変動の観測をめざします。このため、従来は、両者はまったく別の計測がなされていました。すなわち、波浪観測は、沖合では海底設置式の波高計などで、港内の岸壁や海洋構造物の前面では空中発射式の波高計などで、それぞれ0。5秒間隔で水面の上下変動を計測します。これに対して潮位観測は、導水管を経て短周期水位変動成分を除去した井戸内の水位の変動を、1時間間隔を基本として計測します。これは、かつてはコンピュータの容量が十分ではなかったため、0。5秒間隔のデータを切れ目なく連続的に取得し続けることが不可能だったためです。
しかし、近年のコンピュータやIT技術の発展に伴い、データ量が観測方法を制約する必要はなくなり、切れ目のない連続観測が可能になりました。波浪観測と潮位観測を一体的に行うことが港内でも沖合でも理論的には可能です。導水管のような物理的なローパスフィルターをかけなくても、データの処理の段階で数値フィルターをかければ、潮位成分の検出が可能になるからです。
ただし、波高計を潮位観測に応用する場合、現時点では、沖合の長期潮位観測はまだ実現していません。固定点によるキャリブレーションができないため、季節変動や経年変動を検出することが困難であるためです。港内の観測に限っては、図に示すような多段反射板によるキャリブレーションによって、空中発射型波高計を潮位計として活用する技術が確立しつつあります。

空中発射型潮位計の概念図の画像

空中発射型潮位計の概念図

共同研究開発パートナー 協和商会(株)

(4).オンサイト越波計

カムインズなどの全国ネットワーク気象海象情報と、ポイントにおけるオンサイト観測情報とを組み合わせて、より質の高い海象情報提供システムが構築されつつあります。観測と情報処理・活用とを一体的に考えて、より合理的な情報システムを構築することが、海の技術者の腕の見せ所です。波浪、長周期波、潮位潮流などの海象条件は、海域ごとにまた局所的に、大きく異なった特性を示します。このため、海や沿岸の安全監視のためには、全国的な気象海象情報網の活用に加えて、当該ポイントにおけるオンサイト海象観測を実施することが望ましいと考えられています。港湾空港技術研究所は、長年にわたって、オンサイト海象観測を、海水浴場、マリーナ、沿岸域の空港・道路・鉄道などの安全管理等に普及させ、安全性をより向上させるために、簡易かつ安価な海象観測設置の開発・改良に取り組んできています。複合係留ケーブル(または複合海底ケーブル)の開発を通じて実現された波浪監視計や、井戸や導水管の設置を不要として潮位観測と波浪観測との一体的実施を実現させた空中発射型超音波式潮位計は、こうした開発研究の成果です。また、ステップ式波高計あるいは水圧式波高計を組み合わせた、護岸法線上の越流高さ分布測定をもととした、越波流量評価システムも、開発実用化が進められています。オンサイト越波計の普及によって、より合理的な護岸背後地の安全監視が可能になることが期待されています。

オンサイト越波計の概念図の画像

オンサイト越波計の概念図

データ処理ブロック図の画像

データ処理ブロック図

(5).複合ケーブル

我が国の沿岸波浪観測は、欧米諸国とは異なり、津波や長周期波などの周期の長い波の観測が可能な海底設置式センサーを中心に実施されています。海底設置式の沿岸波浪観測において、リアルタイムに波浪観測情報をモニタリングするためには、海底のセンサーから陸上観測局まで、データを伝送することが必要です。データ伝送法としては、海底ケーブルによって陸上に直接データ伝送する方式と、データ伝送用の洋上ブイまでデータを引き上げた後に無線で陸上にデータ伝送する方式とに大分されます。
前者の直接方式では、海図に明示されているにもかかわらず、アンカーリングや漁具等により海底ケーブルが損傷・切断されるトラブルが後を絶たないのが現状です。このため、ケーブルの敷設にあたっては、海底が砂地盤であれば、埋設機を用いた海底下1m程度へのケーブル埋設が行われます。しかし、ケーブルの埋設作業は高価であるばかりでなく、漁業資源に悪影響を及ぼす危険性があります。また、高額を投じて埋設した海底ケーブルが、時化による洗掘や海底砂の液状化によって海底砂地盤上に露出し、その後、アンカーリング等の人為的なミスで損傷・切断されるような事例も多く発生しています。このため、海底ケーブルの改善が強く求められています。
後者の方式は、長期にわたり種々の海況下でも安定した海底センサーから洋上ブイまでのデータ転送が困難であったことから、これまで長期観測用としては適用困難とされていました。これは、信号伝送用の柔らかいケーブルと、ブイ係留用の高強度ケーブルとを、海底センサーとブイとの間に併設した場合、高波浪時には2本のケーブルの絡み合いによって信号伝送ケーブルが切断されてしまうためです。このため、海底ケーブルの敷設が困難な条件下におけるリアルタイム波浪監視のためには、大規模浮体構造物を構築した高価なシステムを採用せざるを得ませんでした。
こうした問題を解決するために、複合ケーブルと呼ばれる新たな構造の係留・海底ケーブルを考案・開発し、実用化に成功しました。複合ケーブルとは、信号伝送部を中心にして、その周囲を束ねられたワイヤーより線で保護した構造を持つものです。
はじめに、複合ケーブルは、波浪監視計の主要要素として、データ伝送用の洋上ブイまでデータを引き上げる係留ケーブルと信号伝送ケーブルを複合させた複合係留ケーブルと呼ばれる方式で導入されました。その後、複合ケーブルは、ナウファス波浪観測情報の欠測を少なくするための海底ケーブルにも応用されています。

複合係留・海底ケーブルの断面の画像

複合係留・海底ケーブルの断面

共同研究開発パートナー (株)カイジョーソニック
協和商工(株)
(株)OCC

2.海象情報システムの開発・改良を通じて全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)の構築・運営における中心的な役割を果たします

関連ホームページ 全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)

3.沿岸波浪の出現特性の解明に関する研究を行います

(1).アシカ島や研究所構内における気象海象観測

東京湾口(久里浜湾沖約2km)に位置するアシカ島観測所では、1962年以来、波浪と風の観測を行っています。また、ここでは海象観測機器の開発や実用化試験が行われてきました。現在、ナウファスの多くの観測地点に設置されている、超音波式波高計(USW)や超音波式流速計型波向計(CWD)もここで研究開発された成果の一つです。

アシカ島観測所の画像

アシカ島観測所

超音波波高計(USW)の画像

超音波波高計(USW)

超音波式流速計型波向計(CWD)の画像

超音波式流速計型波向計(CWD)

(2).スペクトル情報に基づく周期帯波浪情報表示

うねりと風波は、異なった方向から同時に来襲することが頻繁にあります。
このため、ナウファスの波浪観測情報は、方向スペクトルから求まる周期帯毎の波高と波向きとして表示されています。4分割された周期帯毎に、スペクトル計算から求まるエネルギーに対応する換算波高を矢印の長さで、周期帯における平均波向きを矢印の向きで表記すれば、風波とうねりのそれぞれの発達・減衰の状況がよくわかります。図は、2001年7月5日に、御前崎沖合でうねりが急激に発達した状況を示したものです。

(2).スペクトル情報に基づく周期帯波浪情報表示

周期帯毎の波高と波向きの表示によるうねりの発達の表示(2001年7月4日:御前崎沖)

(3).津波の観測

ナウファスでは、我が国沿岸へ到達した、北海道南西沖地震津波(1993)・北海道東方沖地震津波(1994)・イリアンジャヤ地震津波(1996)・ペルー地震津波(2001) 等の沖合波形記録を記録してきました。
こうした記録は、国境を越えて広く海洋を伝わる津波の発生機構や伝播過程を解明する貴重な記録となっています。

●北海道南西沖地震津波(1993)
1993年7月12日の北海道南西沖地震津波の波形記録一例です。上段は、超音波波高計(USW)による海面の上下変動記録であり、下の3段はそれぞれ、超音波式流速計型波向計(CWD)による流れのベクトル表示、流速、波向です。短い周期の風浪による変動の中心線が、数分間以上の長周期で大きくゆっくりと変動しているのが津波です。

北海道南西沖地震津波(1993):輪島における観測記録の画像

北海道南西沖地震津波(1993):輪島における観測記録

●イリアンジャヤ地震津波(1996)
1996年2月17日のインドネシア東部イリアンジャヤ州ビオク島北東において発生した地震による津波を、港湾空港技術研究所全面岸壁の空中発射型超音波式波高計と伊豆大島波浮港沖合の波高計が捕らえた波形記録です。
港空研全面岸壁と波浮港沖合では、通常の波浪観測(毎偶数時20分間)に加えて、長周期波の連続観測を行っているので、30分間程度の津波到達時間の差が記録上に明らかに示されています。

北海道南西沖地震津波(1993):輪島における観測記録の画像

北海道南西沖地震津波(1993):輪島における観測記録

●ペルー地震津波(2001)
ナウファスでは、切れ目のない連続的な観測をすることによって、沖合の長周期波を観測しています。 沖合の長周期波は、周期帯毎のスペクトルパワーに対応する波高として、表記されます。
2001年6月25日におけるペルー地震津波を、ナウファスが捉えた例です。周期600s(10分)以上の長周期成分波高が、6:00以降急に高くなったのは、津波の来襲のためです。

ペルー地震津波(2001):久慈沖における観測記録の画像

ペルー地震津波(2001):久慈沖における観測記録
(周期帯毎の波高と波向の表示による津波波形の検出)

4.港湾に入出する船舶や係留される船舶の動揺予測

図は港湾空港技術研究所の構内検潮所において測得された1958年2月から2002年12月の約45年間の検潮記録をとりまとめ、久里浜湾における年平均水位の変動を示したものです。地盤沈下等の変動を考慮しても、年間約4mmもの水位上昇がみられます。
海面水位上昇は、地球温暖化によるもっとも顕著で広域にわたる影響であり、地球環境問題にも資する有用な情報として、今後さらに長期間の潮位データを蓄積する必要があります。

久里浜検潮所の画像

久里浜検潮所

久里浜における年平均潮位の変化 (1958年~2002年)の画像

久里浜における年平均潮位の変化(1958年~2002年)

5.沿岸域の風力エネルギー出現の特性を調べます

(1).風力エネルギーを活用する風力照明支柱の開発に取り組んでいます

オンサイトの風エネルギーを用いて照明を行う風力照明支柱は、二酸化炭素を排出しないクリ-ンなエネルギーを用いて、潤いのある明るい沿岸域空間を創出します。海象情報研究室は、実証試験を通じた風力照明支柱の実用化に向けた研究を進めています。

風力照明支柱(港空研構内)の画像

風力照明支柱(港空研構内)

共同研究開発パートナー 足利工業大学
三協アルミニウム工業(株)

(2).沿岸域における風況の時空間変動を数値解析します

沿岸域の風は、陸上部と洋上部では大きく異なります。すなわち、洋上の風は、陸上の風に比べて、風速(エネルギー)が高く、短時間の時間変動が少なく安定性が高い、風力発電に適した特性があります。海象情報研究室は、風力発電施設の最適立地検討の信頼性を高めるため、風観測データの解析と数値シミュレーションを組み合わせた、局所的な風況の把握を行う研究を進めています。

瀬棚港における実測風の比較 (月平均風速と方位別風速比)の画像

瀬棚港における実測風の比較
(月平均風速と方位別風速比)

瀬棚港における風況シミュレーションの画像

瀬棚港における風況シミュレーション

共同研究開発パートナー (財)日本気象協会