2011/7/13
2011年東北地方太平洋沖地震による小名浜港における地震動の事後推定

1. はじめに

2011年東北地方太平洋沖地震の際,小名浜港では,強震観測点である小名浜事-G(図1の事務所)において強震記録が得られている1).しかし,平成20年度に3号埠頭において東北地方整備局小名浜港湾事務所により実施された臨時の地震観測の結果から,小名浜事-Gと3号埠頭ではサイト増幅特性が大幅に異なっていることがわかっている(後述).また,相前後して実施された微動観測の結果からも,港湾内におけるサイト増幅特性は多様であることが示唆される.そこで,本研究では小名浜港において余震観測と微動観測を実施し,その結果に基づいて,地震動特性の観点から,小名浜港のゾーニングを行った.また,2011年東北地方太平洋沖地震(以下,本震という)による各ゾーンにおける地震動の事後推定を実施した.

2. 余震観測

小名浜港における余震観測は5月2日夕方から5月5日未明にかけて実施した.観測地点は,これまで地震観測が実施されたことのない地点として,図1に示す4地点を選定した(事務所での観測は比較のため実施).その結果,表1に示す5つの地震の記録が得られた.これ以外にも気象庁が震源情報を公表していない小さい地震の記録が多数得られたがここでは割愛する.各地震による各地点のフーリエスペクトル(バンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用し水平2成分のベクトル和をとったもの)を図2に示す.埠頭-事務所間のスペクトル比とその平均を図3に示す.これを利用して松補正されたサイト増幅特性を図4~図5に示す(事務所のサイト増幅特性2)を補正).この結果から,

 1.事務所よりも余震観測を行った各埠頭の方がサイト増幅特性が大きいこと.

 2.余震観測を行った埠頭間でサイト増幅特性の差は大きくはないこと

がわかる.ただしこれらの特性は平成20年度に小名浜港湾事務所による地震観測で明らかにされた3号埠頭におけるサイト増幅特性とは大幅に異なる(後者の方がはるかに厳しい)点に注意が必要である(図5).

図-1
図1 余震観測地点(
表1 観測された地震
地震番号 日時 震央地名 深さ マグニチュード 備考
EQ1 5/2 16:58 茨城県沖 約30km 4.0 5号埠頭は記録なし
EQ2 5/3 22:36 宮城県沖 約40km 4.7  
EQ3 5/3 22:57 福島県浜通り 約20km 4.5 藤原埠頭は記録なし
EQ4 5/4 17:47 茨城県北部 約20km 3.9  
EQ5 5/5 0:09 茨城県北部 約20km 4.2 藤原埠頭は記録なし
図-2
図2 各地震による各地点のフーリエスペクトル
図-3
図3 埠頭-事務所間のスペクトル比(黒)とその全地震に対する平均(色別)
図-4
図4 松補正によるサイト増幅特性
図-5
図5 松補正によるサイト増幅特性の比較

3. 微動観測

上で述べたサイト増幅特性がどの範囲で有効かを調べるため,港湾内の12箇所で微動観測を行った(位置を図6に示す).平成20年度に実施した微動観測(同じく位置を図6に示す)の結果と総合すると以下の通りとなる.なお以下の各図おいては藤原埠頭における今回の余震観測点(H.23-3)における微動観測結果をリファレンスとして示している.

図-6
図6 小名浜港における地震観測点と微動観測点
:それぞれH.20年度とH.23年度における地震観測点
:それぞれH.20年度とH.23年度における微動観測点

大剣埠頭における微動H/Vスペクトルは藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと大差ないと言える(図7).

藤原埠頭における微動H/Vスペクトルは,先端部を除いて,藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと大差ないと言える(図8).先端部(H.20-11)は岩盤のような特性となっている.被害を見ても,藤原埠頭先端部護岸は7号埠頭先端部護岸や5-6号埠頭先端部護岸と比較して明らかに被災程度が小さい(写真1~写真3参照).

7号埠頭における微動H/Vスペクトルは,基部を除いて,藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと大差ないと言える(図9).基部(H.23-12)はピークが高周波側となっている.

図-7
図7 大剣埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
図-8
図8 藤原埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
図-9
図9 7号埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
写真-1
写真1 藤原埠頭先端部護岸の被災状況(7号埠頭や5-6号埠頭と比較して被災程度が小さい)
写真-2
写真2 7号埠頭先端部護岸の被災状況
写真-3
写真3 5-6号埠頭先端部護岸の被災状況
図-10
図10 5-6号埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
図-11
図11 4号埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
図-12
図12 3号埠頭における微動H/Vスペクトル(藤原埠頭における地震観測点との比較)
写真-4
写真4 3号埠頭先端部護岸の被災状況

5-6号埠頭における微動H/Vスペクトルは,先端部を除き,藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと大差ないと言える(図10).しかし先端部(H.23-8)においてはピークが低周波側となっておりピーク高さも高くなっている.このことは,先端部においてはより厳しい地震動が作用しやすいことを意味するが,実際,5-6号埠頭先端部護岸は小名浜港で最も大きな被害を受けた施設の一つとなっている(写真3).

4号埠頭における微動H/Vスペクトルは,藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと比較して,先端部(H.20-8)ではピークが高周波側,中間部(H.23-10)ではピークが同等,基部(H.23-9)ではピークが低周波側である(図11).このことは,基部においてはより厳しい地震動が作用しやすいことを意味する.

3号埠頭における微動H/Vスペクトルは全体に藤原埠頭の地震観測点における微動H/Vスペクトルと比較してピークが低周波側にある(図12).このことは,3号埠頭は全体として,厳しい地震動が作用しやすいことを意味する.実際,3号埠頭で生じた被害は,今回の地震において小名浜港で生じた被害の中でも最も著しいものであった(写真4). なお,ピーク周波数は先端部が1.7Hz程度である以外は概ね1Hz程度である.また,ここでは述べないが1号埠頭と2号埠頭のピーク周波数も1Hz程度である.

以上をまとめると,次の通りである.

(1)大剣埠頭から5号埠頭までは一部例外を除いて微動特性に大きな変化はない.また,この範囲の三箇所で余震観測を実施したが,地震動の特性に著しい相違は見られなかった.よって,この領域は一つの照査用地震動で代表できるものと考えられる.一部例外とは,藤原埠頭の先端部でピークが見られないこと,7号埠頭の基部でピークが多少高周波よりであること,5-6号埠頭の先端部でピークが低周波よりであることである.このうち藤原埠頭先端部と7号埠頭基部については,別扱いしないことにより安全側の設計が実施できるので,別扱いする必要性は小さいと考えられる.5-6号埠頭先端部においては,ピークが低周波側で,実際ここでは著しい被害が生じている.しかし,この先端部が岸壁でなく護岸であることを考慮すると,別扱いする必要性は小さいと言えるかも知れないが,背後に設置されているベルトコンベアや野積場への影響も十分考慮した設計を行う必要がある.

(2)3号埠頭(先端部以外)では,微動H/Vのピークが1Hz程度と,大剣埠頭から5号埠頭までのゾーンに比べて明らかに低周波側にあり,また,平成20年度に小名浜港湾事務所による地震観測で明らかにされた3号埠頭におけるサイト増幅特性も,ピークが1Hz付近にあり,大剣埠頭から5号埠頭までのものとは異なっている.また実際に深刻な被害が3号埠頭で発生している.従って3号埠頭については大剣埠頭から5号埠頭までとは別ゾーンとする必要がある.

(3)3号埠頭の中でも先端部だけは微動H/Vのピークが1.7Hz程度とやや高く,先端部護岸は別扱いとすることが望ましいと考えられる.4号埠頭については,基部は3号埠頭先端部に近い特性であり,4号埠頭を複数のゾーンとすることが望ましくなければ,4号埠頭全体を3号埠頭先端部と同一ゾーンとして扱うことが望ましいと考えられる.

以上により,地震動の観点から,次の通りゾーンを設定する.
ゾーン1:3号埠頭一般部(1号埠頭と2号埠頭も必要であればここに含める)
ゾーン2:3号埠頭先端部(4号埠頭もここに含める)
ゾーン3:5号埠頭~大剣埠頭

各ゾーンにおけるサイト増幅特性(地震基盤~地表)をテキストファイルに示す.ゾーン2におけるサイト増幅特性はゾーン1のものを補正3)することにより得られたものである.またゾーン3のサイト増幅特性としては代表として5号埠頭のものを示している.

4. 地震動の事後推定

4.1 推定方針

ここではサイト特性置換手法4)により小名浜港の各ゾーンにおける地震動の事後推定を行う.この方法は,対象地点周辺における強震観測点(基準観測点と呼ぶ)で得られた本震記録に対し,サイト増幅特性の補正を行うことにより対象地点における本震の地震動のフーリエ振幅を推定し,一方,対象地点における本震の地震動のフーリエ位相は,対象地点で得られている余震など他の地震のフーリエ位相で近似することにより,対象地点における本震の地震動を推定するものである.

この方法では,対象地点周辺における本震記録の中で,表層地盤の非線形挙動の影響を著しく受けていない記録を用いるか,または,対象地点周辺における本震記録から表層地盤の非線形挙動の影響を取り除いて用いる必要がある.しかしながら,港湾強震観測点の地表(小名浜事-G)における強震記録は表層地盤の非常に強い非線形挙動の影響を受けていることが確実である1)

図-13
図13 港湾強震観測点の地表(小名浜事-G)と地中(小名浜事-GB)のスペクトル比
(今回の地震およびそれに先立ついくつかの地震に対して)

図13は港湾強震観測点の地表(小名浜事-G)と地中(小名浜事-GB)のフーリエスペクトル比を示したものである.本震に先立ついくつかの地震に対するスペクトル比(破線)と比較して,本震時のスペクトル比はピークが低周波側に移動するとともに倍率が小さくなっており,本震時の表層地盤の強い非線形挙動が示唆される.また,本震時のスペクトル比がかなり低周波側(0.7Hz付近)から1を上回っているが,このような特徴は等価線形解析では再現することが出来ない.すなわち,等価線形解析で対象とすることができないような強い非線形挙動が生じていると言える.一般に地表で観測された強震記録から表層地盤の非線形挙動の影響を取り除くために等価線形解析が用いられることが多いが(例えば高砂埠頭における地震動の事後推定参照),ここでは港湾強震観測点の地表で観測された地震動から等価線形解析により非線形挙動の影響を取り除くことは困難であると考えられる.

一方,小名浜港の周辺には,K-NETのFKS012,KiK-netのFKSH14(地表)などの強震観測点があり,本震の地震動が観測されている.図14はそれらのフーリエスペクトル(水平2成分のベクトル和をとりバンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用したもの)と,それらの観測点におけるサイト増幅特性2)との比較を行ったものである.これを見ると,FKS012においては1-2Hzの範囲でサイト増幅特性は増加傾向にあるのに対し本震時のフーリエスペクトルは減少傾向にあり,表層地盤の非線形挙動の影響が示唆される.また,FKSH14(地表)においても,サイト増幅特性のピークは1Hzより高周波側にあるのに対し,本震時のフーリエスペクトルは1Hzより低周波側にあり,やはり表層地盤の非線形挙動の影響が示唆される.従ってこれらの記録を非線形性の影響が無いものとして扱うことは困難である.

図-14
図14 FKS012とFKSH14における本震のフーリエスペクトルとサイト増幅特性2)
図-15
図15 本震前の地震と本震に対するFKSH14における地表と地中のフーリエスペクトル

また,KiK-netのFKSH14では地中での観測も行われている.地中観測点はS波速度1210m/sの砂岩の中に存在しているので,ここでの本震記録は地盤の非線形性の影響を受けていないと考えることは,一見妥当であるように思える.しかし,良く知られているように,地中における観測記録は,上昇波と下降波の干渉により,特定の周波数(地盤の観測点より浅い部分の固有周波数)においてフーリエスペクトルに谷間が生じる.そこで実際に本震前の地震と本震に対し,FKSH14の地中観測記録のフーリエスペクトルを計算してみると,図15に示すように,本震前の地震に対しては1.1Hz付近に谷間が生じるのに対し,本震に対しては0.72Hz付近に谷間が生じていることがわかる.すなわち,本震時の地盤の剛性低下が地中の観測記録にも影響を及ぼしていることがわかる.このとき,非線形挙動の影響が,港湾施設への影響が特に大きいと考えられる0.3-1Hzの周波数帯域に表れていることは重要である.上記の周波数帯域は地震動の事後推定において最も精度を確保したい周波数帯域である.このことから,FKSH14の地中観測記録が地盤の非線形挙動の影響を受けていないと判断することは今の場合適切でない.

以上のことから,ここでは港湾強震観測点の地中(小名浜事-GB)における観測記録は(最も精度を確保したい周波数帯域において)地盤の非線形挙動の影響を大きくは受けていないと考え,この記録をもとに小名浜港の各ゾーンにおける地震動の推定を実施することにした.なお,上記の仮定を用いることの妥当性については後に議論する.

4.2 ゾーン1における地震動の推定

まず,図16左に示すように,港湾強震観測点の地中(小名浜事-GB)に対する地表(小名浜事-G)のスペクトル比(線形時のもの)の平均を求め,小名浜事-Gに対応するサイト増幅特性2)を除することにより,小名浜事-GBに対応するサイト増幅特性を求めた(図16右).

図-16
図16 強震観測点の地中に対する地表のスペクトル比(左)と,これに基づいて求めた地中のサイト増幅特性

次に,小名浜事-GBにおけるサイト増幅特性とゾーン1におけるサイト増幅特性の比を小名浜事-GBにおける本震記録のフーリエスペクトルに乗じることにより,ゾーン1におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

(ゾーン1におけるEW成分)=(小名浜事-GBにおけるEW成分)×(サイト増幅特性の比)
  (ゾーン1におけるNS成分)=(小名浜事-GBにおけるNS成分)×(サイト増幅特性の比)

のように推定を行った.フーリエ位相については,3号埠頭では2008年8月から2009年3月にかけて19個の地震が観測されている.このうち,FKS012において本震のフーリエ位相を最も良く再現する地震として2009年2月11日福島県沖の地震(M4.1)を選択し,この地震による3号埠頭での記録のフーリエ位相を用いた.

推定されたフーリエ振幅とフーリエ位相を用い,ゾーン1での本震の地震動の推定を行い,さらに,表2に示すゾーン1での地盤モデルを用い,線形の重複反射理論により,工学的基盤(表2におけるS波速度314m/sのMd層)での2Eを求めた.結果を図17に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

表2 ゾーン1における地盤モデル
地層 層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3
Bs 8.80 214.0 2.02
As1 10.70 298.0 2.04
As2 1.30 193.0 2.04
As3 9.70 172.0 2.04
Ac2 10.10 119.0 1.56
As4 1.00 234.0 2.04
Ac2 2.90 119.0 1.56
As4 1.80 270.0 2.04
Md 10.55 194.0 2.04
Md 314.0 2.04
図-17
図17 推定されたゾーン1の工学的基盤における2E波

4.3 ゾーン2における地震動の推定

小名浜事-GBにおけるサイト増幅特性とゾーン2におけるサイト増幅特性の比を小名浜事-GBにおける本震記録のフーリエスペクトルに乗じることにより,ゾーン2におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

(ゾーン2におけるEW成分)=(小名浜事-GBにおけるEW成分)×(サイト増幅特性の比)
  (ゾーン2におけるNS成分)=(小名浜事-GBにおけるNS成分)×(サイト増幅特性の比)

のように推定を行った.フーリエ位相については,ゾーン1と同様,2009年2月11日福島県沖の地震(M4.1)による3号埠頭での記録のフーリエ位相を用いた.

推定されたフーリエ振幅とフーリエ位相を用い,ゾーン2での本震の地震動の推定を行い,さらに,表3に示すゾーン2での地盤モデルを用い,線形の重複反射理論により,工学的基盤(表3におけるS波速度314m/sのMd層)での2Eを求めた.結果を図18に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

表3 ゾーン2における地盤モデル
地層 層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3
Bs 9.30 213.0 2.00
As1 8.30 315.0 2.04
As2 5.00 176.0 2.04
Md 314.0 2.04
図-18
図18 推定されたゾーン2の工学的基盤における2E波

4.4 ゾーン3における地震動の推定

ゾーン3を代表してここでは5号埠頭における地震動の推定を行った.

小名浜事-GBにおけるサイト増幅特性と5号埠頭におけるサイト増幅特性の比を小名浜事-GBにおける本震記録のフーリエスペクトルに乗じることにより,5号埠頭におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

(5号埠頭におけるEW成分)=(小名浜事-GBにおけるEW成分)×(サイト増幅特性の比)
  (5号埠頭におけるNS成分)=(小名浜事-GBにおけるNS成分)×(サイト増幅特性の比)

のように推定を行った.フーリエ位相については,5号埠頭で観測されている地震(表1)の中で最も適切と考えられるEQ2の記録のフーリエ位相を用いた.

推定されたフーリエ振幅とフーリエ位相を用い,5号埠頭での本震の地震動の推定を行い,さらに,表4に示す5号埠頭での地盤モデルを用い,線形の重複反射理論により,工学的基盤(表4におけるS波速度480m/sの固結シルト層)での2Eを求めた.結果を図19に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

表4 5号埠頭における地盤モデル
地層 層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3
シルト質粗砂 1.55 90.0 1.77
粗砂 5.65 220.0 1.79
固結シルト 5.30 260.0 1.75
固結シルト 480.0 1.80
図-19
図19 推定された5号埠頭の工学的基盤における2E波

4.5 小名浜事-GBにおける観測記録への表層地盤の非線形挙動の影響について

最後に,港湾強震観測点の地中(小名浜事-GB)における観測記録が(最も精度を確保したい周波数帯域において)地盤の非線形挙動の影響を大きくは受けていないと仮定したことの妥当性について考察する.

強震観測点の地盤は本震時に強い非線形挙動を示しており,等価線形解析では追跡できないことがすでに分かっている.そこで,有効応力解析プログラムFLIP5)を用い,強震観測点の地盤の地震時の挙動を出来るだけ再現できるような地盤モデルを作成した.表5に作成した地盤モデルを示す.なお表5の地盤モデルの下にはP波速度1825m/s,S波速度784m/s,密度2.0ton/m3の線形平面要素が4m続いている.また表5の砂質土に対しては変相角28°および液状化パラメタS1=0.005,W1=30.0,P1=0.5,P2=0.7,C1=1.0を設定した.この地盤モデルにより,線形時の地中に対する地表のスペクトル比は概ね再現される(図20左).また,本震時の地中の波形を入力した場合に計算される地表/地中のスペクトル比は,図20右に示すようにピークの低下を示すとともに,スペクトル比が低周波側(0.7Hz付近)から1を上回るという先に述べた観測スペクトル比の特徴もある程度再現している.そこで,この地盤モデルは概ね強震観測点の地盤の挙動を再現するモデルであると考え,これを使用して以下の解析を行う.なお,この地盤モデルは暫定的なもので今後改訂される可能性が高い.

表5 港湾強震観測点におけるFLIP解析用地盤モデル(暫定)
表-5
図-20
図20 表5に示した地盤モデルを用いFLIPで計算される地表/地中のスペクトル比と
観測スペクトル比との比較
図-21
図21 表5に示した地盤モデルに下方粘性境界を加えたモデルを用い
FLIPで計算される地表と地中の応答波形の入射波形に対するスペクトル比

上で作成した地盤モデルに下方粘性境界(P波速度1825m/s,S波速度784m/s,密度2.0ton/m3)を追加し,振幅の大きな地震波を2E波として入力する解析を実施し,地表および地中の観測波に対して地盤の非線形挙動の影響がどの程度及ぶのかについての検討を行った.ここで入力する地震波は,解析の性質上,特段の制約はないが,ここでは小名浜事-GBにおける観測波を入力した.解析はEW成分を入力した解析とNS成分を入力した解析を実施し,計算結果の加速度波形から,これまでと同様の手順で,フーリエスペクトルの算定を行った.最初に比較のため入力波の振幅を0.001倍とした解析を実施し(このとき地盤は線形の応答を示す),次に1倍,2倍とした解析を行った.

図21に計算結果のスペクトルの入力波に対する比を示す.地盤の応答が線形であればこれらの比は入力波の振幅に依存しないはずであるが,地盤の応答が非線形であるため,入力波の振幅に応じて比の値が変化している.特に図21左に示す地表での地震動に対しては非線形性の影響が大きく,線形の場合よりも非線形の場合の方が応答が大きくなる傾向がかなり低周波側から認められる.しかし,図21右に示す地中での地震動に対しては,少なくとも3Hzより低周波側に着目する限り,非線形性の影響はほとんど表れていない.地震動の事後推定において最も精度を確保したい周波数帯が0.3-1Hzであるという点を考慮すると,港湾強震観測点の地中(小名浜事-GB)における観測記録が地盤の非線形挙動の影響を大きくは受けていないと仮定したことは妥当であると考えられる.

謝辞

本調査では東北地方整備局小名浜港湾事務所および仙台港湾空港技術調査事務所の皆様にたいへん御世話になりました.記して謝意を表します.

 

参考文献

1)高橋重雄・戸田和彦・菊池喜昭・菅野高弘・栗山善昭・山﨑浩之・長尾毅・下迫健一郎・根木貴史・菅野 甚活・富田孝史・河合弘泰・中川康之・野津厚・岡本修・鈴木高二朗・森川嘉之・有川太郎・岩波光保・水谷崇亮・小濱英司・山路徹・熊谷兼太郎・辰巳大介・鷲崎誠・泉山拓也・関克己・廉慶善・竹信正寛・加島寛章・伴野雅之・福永勇介・作中淳一郎・渡邉祐二:2011年東日本大震災による港湾・海岸・空港の地震・津波被害に関する調査速報,港湾空港技術研究所資料No.1231,2011年.

2)野津厚・長尾毅:スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料 No.1112, 2005年.

3)長尾毅・平松和也・平井俊之・野津厚:高松港における被害地震の震度再現に関する研究,海洋開発論文集,Vol.22,pp.505-510,2006年.

4)Y. Hata, A. Nozu and K. Ichii: A practical method to estimate strong ground motions after an earthquake, based on site specific amplification and phase characteristics, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.101, No.2, pp.688-700, 2011.

5)Iai, S., Matsunaga, Y. and Kameoka, T.: Strain space plasticity model for cyclic mobility, Soils and Foundations, Vol.32, No.2, pp.1-15, 1990.