強震動の再現に必要なライズタイム
 震震源パラメタの一つであるライズタイム (断層面のある場所で滑りが継続する時間)は,強震動を予測する上で重要なパラメタであるが, 強震動予測のレシピ(入倉・三宅,2001;入倉・三宅,2002) ではライズタイムに関する記述を避けており,地震調査研究推進本部の強震動予測では, ライズタイムを次式により推定することが多い.

Tr=W/(2Vr)    ・・・・・(1)

ここにWはアスペリティの幅,Vrは破壊伝播速度であるである. 式(1)は, 断層面上に一定の構成則を仮定して,数値計算で求めた断層面上のslip関数のライズタイムを 近似する式としてDay(1982)により提案されたいわば理論式であり, 実測値を説明する式として求められたものではない. 過去の大地震で実際に観測された地震波を再現するには,式(1) によるよりも系統的に短いライズタイムを用いる必要のあることがHeaton(1990)により示されている(注1). 一般に,地震動の予測結果はライズタイムとして小さな値を用いるほど大きくなる. すなわち,式(1)は危険側の結果を与えることになるので, 構造物の設計条件に用いるレベル2地震動の算定に式(1)のライズタイムを用いることには問題がある. このことを具体的に示す. 図-1に,経験的グリーン関数法により兵庫県南部地震の神戸大学と神戸本山の二箇所での速度波形の再現した結果を示す. このとき震源モデルは釜江・入倉(1997)を改良した山田他(1999)のモデルを用いている. 図-1に示すように,観測波の振幅や周期は良好に再現されている.
経験的グリーン関数法による神戸市内の速度波形の再現
図-1 経験的グリーン関数法による神戸市内の速度波形の再現
これに対して,山田他(1999)のモデルでライズタイムを式(1)のものに置き換えるとどうなるだろうか.図-2がその結果である.神戸大学および神戸本山における速度波形は大幅に過小評価される結果となった.

図-2 経験的グリーン関数法の計算に式(1)を適用した場合
なぜ,実際の観測波形を説明するには,式(1)によるよりも短いライズタイムを用いる必要があるのだろうか.その理由としてはいくつか考えられ(注H2),今後,解明をはかっていくことが学術的には重要である.しかしながら,実務での対処としては,構造物の設計に用いるレベル2地震動の算定に,実際の現象を再現できるようなライズタイムを用いることが重要であろう.
(注1)正確には,Heaton(1990)は式(1)をやや修正した式Tr=L/(1.5Vr)(ここにLはapproximate dimension of the major asperity)を用いているが,式(1)を用いてもほぼ同様の結果である.
(注2)なぜ実際の観測波形を説明するには,式(1)によるよりも短いライズタイムを用いる必要があるか,その理由としては次のことが考えられる.
①実際の破壊領域の滑りは,滑り始めに速く,次第に遅くなる.地震波形の再現には滑り始めの速い部分を表現する必要があり,その部分の時間はトータルのライズタイムより短い.
②破壊領域の破壊停止端付近ではライズタイムがかなり短く,破壊領域全体の平均値としては,ライズタイムが式(1)よりも短くなる.
③破壊領域のサイズはライズタイムに影響を与えない(例えばHeatonの考え方).

参考文献
Day, S. (1982): Three-Dimensional Finite Difference Simulation of Fault Dynamics: Rectangular Faults with Fixed Rupture Velocity, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.72, No.3, pp.705-727.

Heaton, T. H. (1990): Evidence for and Implications of self-healing pulses of slip in earthquake rupture, Physics of the Earth and Planetary Interiors, 64, pp.1-20.

入倉孝次郎・三宅弘恵(2001):シナリオ地震の強震動予測,地学雑誌,Vol.110,No.6,pp.894-8