強震観測は何を明らかにしてきたか

1. はじめに

 敵に備えるにはまず敵を知ることが大切である. ウォーターフロントにおいて地震災害対策をたてる際, まずは,将来発生するであろう地震による地盤の揺れをできるだけ精度よく予測することが重要である. 一方,わが国のウォーターフロントでは1960年代以降継続的に強震観測が実施されてきた. 本稿では,強震観測が明らかにしてきたウォーターフロントの地震動の特徴を紹介するとともに, 精度の良い強震動予測を行うための方策について考える.


2. 港湾地域強震観測の概要

 港湾地域強震観測は当所の前身である運輸省港湾技術研究所が中心となり1962年に開始され, 国の機関や地方自治体が参画して実施されてきた. 2001年12月の時点では全国60の港に97台の強震計が設置されている(図-1). この中にはボアホールタイプの強震計で地表と地中の同時観測を行っている地点も多数存在する. 現在,ほぼすべての観測点が当所とISDN回線で結ばれ,迅速な波形の回収ができるようになっている. 回収された記録は,当所で必要な処理を行った後に, 国土技術政策総合研究所に設けられたウェブサイトから公開されている (www.eq.ysk.nilim.go.jp). また,1年分の記録をとりまとめた強震観測年報を当所より刊行している1)

図-1 港湾地域強震観測

3. 観測地点毎に特徴のある地震動の卓越周期

 過去に得られた記録を見ると,地震時の地盤の揺れは地点毎に特徴のあることがわかる. 図-2は八戸港と関西国際空港で得られた大地震の記録のフーリエスペクトルを比較したものである. 八戸港では1968年十勝沖地震と1994年三陸はるか沖地震の強震記録が得られているが, 26年の時を隔てて発生した2つの大地震で,いずれも周期2.5秒(周波数0.4Hz)の成分が卓越している

図-2 八戸港と関西国際空港で観測された強震記録のフーリエスペクトルの比較

 一方,関西国際空港では1995年兵庫県南部地震と2000年鳥取県西部地震の記録が得られているが, いずれも周期5秒(周波数0.2Hz)の成分が卓越している. これらの卓越周期はS波速度3km/s以上の地震基盤上に横たわる深い堆積層の影響であることが 現在ではわかっている2),3). 深い堆積層の影響を加味した強震動予測を行うことは一般にはそれほど容易でないが, 強震観測を実施している場所では,得られた記録を見ているだけでも, 深い堆積層の影響による卓越周期の見当がつく. 強震観測により構造物建設予定地点の地震動の卓越周期が把握できていれば, 耐震設計を行う上で多いに参考になる. 例えば,構造物の固有周期と地震動の卓越周期が一致しないように工夫することもできる.


4. あまり離れていない二点で揺れは大きく違う

  最近では強震観測が次第に密に行われるようになり,またデータの流通も盛んになってきたので, 近い場所で得られた記録同士を比較できるようになってきた. その結果わかってきたことは,あまり離れていない二点で揺れが大きく違う場合があるということである. ここでは境港市の港湾(境港-G,図-3)で得られた2000年鳥取県西部地震の記録を, 周辺の他機関の記録と比較する.

図-3 境港周辺の強震観測地点

 加速度波形の比較を図-4に示す(いずれも座標変換して求めた断層直交成分). これを見ると,まず,気象庁の記録の振幅の大きさが目を引く. 気象庁観測点は境港-Gから西に1.2kmほどしか離れていないが,最大加速度で2.7倍もの違いがある. このことについては,境港-Gで表層地盤が過剰間隙水圧の上昇を含む強い非線形挙動を示したことが 原因であると考えられている4). 一方,K-net5)の観測点であるSMN001とKik-net6)の観測点であるSMNH10の波形は, 振幅が小さく,高周波成分が卓越していて,継続時間は短い.
次に速度波形の比較を行う(図-5).ここでは加速度波形を0.1-2Hzの帯域通過フィルタに通し, 周波数領域で積分して速度波形を求めた. 加速度では大きな違いの見られた境港-Gと気象庁観測点の波形は速度で見るとよく似ている. 速度で見ると,振幅の大きいグループ(境港-Gと気象庁)と振幅の小さいグループ(SMN001とSMNH10) にはっきりと分かれる. 前者の振幅は後者の約4倍であり,この違いは劇的である. SMN001とSMNH10の位置する島根半島は山がちな地形であるのに対し, 境港-Gと気象庁観測点のある弓ヶ浜半島北部の地下には厚さ900mに及ぶ堆積層があり7), この堆積層が2Hz以下の周波数帯域で地震動を増幅させたと解釈できる.
このように,地震の揺れは場所毎にかなり異なるので, 被害を受けた構造物の被災メカニズムを解明8),9)するためには, 可能な限り構造物の近傍で強震記録を取得することが必要である.

図-4 境港周辺の強震観測地点の加速度波形

 

図-5 境港周辺の強震観測地点の速度波形(0.1-2Hz)

5. 表層地盤の非線形挙動

 ウォーターフロントの地震動の大きな特徴は表層地盤の非線形挙動10)の影響を しばしば受けることである.地表と地中の同時観測が行われるようになり, 表層地盤の非線形挙動を正確に把握できるようになってきた. その一例として,1993年釧路沖地震の際に釧路港の地表と地中で同時に記録が得られたが, このときの地表の記録にはサイクリックモビリティーの影響が明瞭に現れていた11). 地中の記録を入力した有効応力解析(コード名FLIP)12)により 地表の記録を精度良く再現できることがわかり11), 有効応力解析の信頼性が飛躍的に高まった.ここでは1995年兵庫県南部地震の例を示す. 神戸市開発局(当時)が取得したポートアイランドの鉛直アレー記録について, 最下層(GL-83m)での記録(断層直交成分)を入力して, 地表を含む他の深度での速度波形(0.1-2Hz)をFLIPにより計算したところ, 観測とほぼ一致する結果が得られた(図-6).このときの土質パラメタは, 一井他9)が岸壁被害のシミュレーションのために凍結サンプリングなどの調査結果に 基づいて設定したものである. 著者は一井他9)のパラメタを初期値として計算を行い, さらに観測結果に近づくようにパラメタの調整を行う予定であったが, 結果的にはパラメタの調整を全く行う必要がなかった.

図-6 ポートアイランド鉛直アレー観測記録とFLIPの計算結果(0.1-2Hz)

 表層地盤の非線形挙動についてさらに最近の話題を紹介する.これまで,耐震設計等の実務においては,サイト直下の堆積層を非線形性を示す浅い部分(表層地盤)と,それより深い部分(深層地盤)とに区分し,地震波は下方より表層地盤に入射してから初めて地盤の非線形挙動の影響を受けると仮定することが普通であった例えば13),14).しかしながら,図-7に示すように,震源とサイトを結ぶ波線を考えたとき,これが非線形挙動を示す表層地盤を何度も横切る場合がある.この場合,地震波は,その伝播の過程で,表層地盤の非線形挙動の影響を何度も受けることになる.このことを著者は多重非線形効果と呼んでいる.著者ら15)は前述のポートアイランドの記録に経験的グリーン関数法16)を適用して,多重非線形効果の実在を確認した.
多重非線形効果の存在を前提とすると,非線形性を考慮した強震動予測の手順は従来のものよりも複雑となってしまう.著者ら17)は,経験的グリーン関数法の枠組みの中で,できるだけ簡便に多重非線形効果を取り入れて強震動予測を行うことを検討している.著者らの方法の骨子は,堆積層(図-7)内の媒質の平均的なS波速度の低下率を示すパラメタν1と,堆積層内の媒質の平均的な減衰定数の増分を意味するパラメタν2を導入すること,経験的グリーン関数(小地震記録)上で直達S波の到来時刻をt0,波形後半のある位相の到来時刻をtとしたとき(図-8),t-t0は近似的には波形後半の位相が堆積層内にトラップされていた時間に等しいとみなすこと,さらに,2つの非線形パラメタを用いて経験的グリーン関数を次式により補正することである.
gn(t)=g(t) (t<t0)
gn(t0+(t-t0)/ν1)=g(t) exp(-ν2ω(t-t0)) (t>t0) (1)

ここにgn(t)は補正後の経験的グリーン関数,g(t)は補正前の経験的グリーン関数である.

図-7 多重非線形効果の概念図

 

図-8 直達S波と後続位相に対する波線

 以上の方法を鳥取県西部地震に適用してみる17).ここではSMN001とSMNH10(図-3)の本震記録は非線形性の影響を受けていないと考え,これらの地点での本震記録が経験的グリーン関数法で十分再現できるように震源モデルのチューニングを行った(図-9).次に,得られた震源モデルを使って弓ヶ浜半島の境港-Gと気象庁観測点(図-3)の本震記録の再現を試みたところ,非線形性を無視しているために,振幅・継続時間とも過大評価となった(図-10).そこで最後に,上述の非線形パラメタを用いて境港-Gと気象庁観測点の本震記録の再現を試みたところ(非線形パラメタは試行錯誤によりν1=0.93,ν2=0.02とした),本震記録を精度良く再現することができた(図-11).この方法を将来強震動予測に用いるためには,非線形パラメタの適切な設定方法を確立する必要がある.

図-9 島根半島での速度波形(0.1-2Hz)の再現

 

図-10 弓ヶ浜半島での速度波形(0.1-2Hz)の再現
(非線形性を無視した場合)

 

図-11 弓ヶ浜半島での速度波形(0.1-2Hz)の再現
(非線形パラメタを使用)

6. 震源近傍の地震動の方向性

港湾地域強震観測が大地震の震源近傍の揺れを捉えたのは兵庫県南部地震が最初である.図-12(左)に神戸港の加速度記録の軌跡を示す.これを見ると,揺れは北北西-南南東の方向に卓越していたことがはっきりわかる.一方,図-12(右)には余震分布18)から推定される本震の震源断層を示している.東北東-西南西に延びる震源断層に対して,神戸港の揺れはこれと直交する方向であったことがわかる.このような著しい揺れの方向性は神戸港の岸壁の残留変位の分布にも影響を及ぼしている19).揺れの方向性と断層の傾斜角やずれの向きとの関係は港湾空港技術研究所で詳しく調べられており,純粋な横ずれ断層や逆断層の場合だけでなく,直感的には理解しにくい中間的な断層の場合も含め,震源近傍で走向直交成分が卓越しやすい傾向はかなりロバストであることが確認されている20).このことは港湾計画を策定する際に参考となる21).

図-12 神戸港の加速度記録の軌跡(上)と余震分布18)から推定される本震の震源断層

7. 精度の良い強震動予測に向けて

地震の揺れは場所毎に固有の性質を持つので,場所毎の固有の性質を反映した設計用入力地震動を用いることが望ましい.野津他22)は,重力式岸壁の地震時の変形に寄与するのは主に2Hz以下の比較的低い周波数帯域であることを示している.また,多くの桟橋の固有振動数も2Hz以下の周波数帯域にある.2Hz以下の周波数帯域に及ぼす深い堆積層の影響が大きいことを考慮すると(図-5),深い堆積層の影響を加味した強震動予測を行うことが必須であると思われる.
そのためのアプローチは大きくわけて二つある.一つは,地下構造探査を行い,震源から観測点までの媒質を弾性体としてモデル化した上で,数値計算により強震動予測を行う方法である例えば23).しかし,この方法が適用できるほど十分な精度で地下構造が解明されている地域は非常に限定されているのが実状である.
深い堆積層の影響を加味して強震動予測を行うためのもう一つのアプローチは,現地で得られている中小地震の記録を活用する方法である.幸いわが国のウォーターフロントでは強震観測の長い歴史があるので,そこで得られている中小地震の記録を活用することが,設計用入力地震動の精度を高めるための早道である.5.で紹介した経験的グリーン関数法は,適用の条件が満足される場合には非常に強力なツールであり,その他にも,中小地震の記録から経験的サイト増幅特性24),25)を抽出して,これを統計的グリーン関数法26)と組み合わせて用いる方法27)などがある.

 

8. 謝辞

本稿では,港湾地域強震観測の記録の他,気象庁,K-net,Kik-net,神戸市開発局(当時)および関西国際空港株式会社の強震記録を使用しています.記して謝意を表します.

 

参考文献

1)深澤清尊,佐藤陽子,野津厚,菅野高弘:港湾地域強震観測年報(2001),港湾空港技術研究所資料No.1019,2002.
2)工藤一嘉:強震動予測を中心とした地震工学研究のあゆみ,地震2,46,pp.151-159,1993.
3)野津厚,井合進:経験的サイト増幅特性に基づくシナリオ地震の地震動の試算,港湾技研資料No.991,2001.
4)三輪滋,池田隆明,綾部孝之,沼田淳紀:2000年鳥取県西部地震における境港市の地盤の地震時挙動,構造工学論文集,48A,pp.445-455,2002.
5)防災科学技術研究所:強震観測網ホームページ(http://www.knet.bosai.go.jp).
6)防災科学技術研究所:基盤強震観測網ホームページ(http://www.kik.bosai.go.jp).
7)吉川大智,盛川仁,赤松純平,野口竜也,西田良平:余震,微動,重力を用いた弓ヶ浜半島における2次元基盤構造の推定,地震2,55,pp.61-73,2002.
8)菅野高弘,三籐正明,及川研:兵庫県南部地震による港湾施設の被害考察(その8)ケーソン式岸壁の被災に関する模型振動実験,港湾技研資料No.813,pp.207-252,1995.
9)一井康二,井合進,森田年一:兵庫県南部地震におけるケーソン式岸壁の挙動の有効応力解析,港湾技術研究所報告,第36巻,第2号,pp.41-86,1997.
10)翠川三郎:強震時に見られる地盤特性の非線形性,地震2,46,pp.207-216,1993.
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12)Iai, S., Matsunaga, Y. and Kameoka, T.: Strain space plasticity model for cyclic mobility, Soils and Foundations, Vol.32, No.2, pp.1-15, 1990.
13)大阪府土木部:大阪府土木構造物耐震対策検討委員会報告書,1997.
14)中央防災会議事務局:東海地震に関する専門調査会(第11回)とりまとめ資料,2001.
15)Nozu, A. and Uwabe, T. : Applicability of empirical Green's function method to strong motion records on man-made island in Kobe, Proc. 12th WCEE, 538/4/A, 2000.
16)Irikura, K. : Prediction of strong acceleration motions using empirical Green's functions, Proc. 7th Japan Earthq. Eng. Symp., pp.151-156, 1986.
17)野津厚,盛川仁:表層地盤の多重非線形効果を考慮した経験的グリーン関数法,地震2,第55巻,pp.361-374, 2003.
18)気象庁:1995年1月地震火山概況,1995.
19)Inagaki et al.: Performance of caisson type quay walls at Kobe Port, Special Issue of Soils and Foundations, pp.119-136, 1996.
20)野津厚,井合進,Wilfred D. Iwan:震源近傍の地震動の方向性に関する研究とその応用,港湾技術研究所報告,第40巻,第1号,pp.107-167,2001.
21)野津厚,池田薫:直下型地震の揺れの向きを考慮した耐震強化岸壁の配置計画,港湾,第78巻,第9号,pp.48-51,2001.
22)野津厚,井合進,一井康二,沼田淳紀:ケーソン式岸壁の変形に寄与する地震動の振動数成分,レベル2地震に対する土構造物の耐震設計シンポジウムおよび講習会テキスト,(社)地盤工学会,pp.311-318,2000.
23)松島信一,川瀬博:1995年兵庫県南部地震の複数アスペリティーモデルの提案とそれによる強震動シミュレーション,日本建築学会構造系論文集,第534号,pp.33-40,2000.
24)岩田知孝,入倉孝次郎:観測された地震波から震源特性,伝播経路特性及び観測点近傍の地盤特性を分離する試み,地震2,39,pp.579-593,1986.
25)鶴来雅人,田居優,入倉孝次郎,古和田明:経験的サイト増幅特性評価手法に関する検討,地震2,50,pp.215-227,1997.
26)釜江克宏,入倉孝次郎,福知保長:地震のスケーリング則に基づいた大地震時の強震動予測,日本建築学会構造系論文報告集,第430号,pp.1-9,1991.
27)古和田明,田居優,入倉孝次郎:経験的サイト増幅・位相特性を用いた水平動および上下動の強震動評価,日本建築学会構造系論文集,第514号,pp.97-104,1998.