羽田空港を伝播する表面波の特徴について | |||||||||||||||
1. はじめに |
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表-1 レイリー波とラブ波 - 土田・井合(1991)の図3.19に加筆
図-1 港湾地域強震観測 |
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一般に表面波の特性は場所毎の地下構造を反映して著しく異なることが知られている. 従って,アレー観測の結果に基づき,原位置での表面波の特性を明らかにすることが最も望ましい. そこで,ここでは新A滑走路のアレー観測結果にF-K解析を適用し, 当該空港における表面波の基本的特性(伝播方向,位相速度,波長)を明らかにした. このうち波長は最も重要なパラメタの一つである. なぜなら,仮に振幅を一定として比較すれば,波長が短いほど地盤のひずみは大きくなり, 構造物にとっては厳しい条件となるからである. 表面波の特性の同定は, アレー観測のデータの活用としては最も生産性の高いものの一つであると考えられる. 図-1に示すように新A滑走路ではNo.1~No.8の8地点で観測を行っている. No.1~No.6は滑走路に平行であり,No.7とNo.8を結ぶ線分は滑走路に直交していて, 全体として十文字型のアレーを形成している. 新A滑走路のNo.1~No.8の各々には複数の換振器が置かれているが, ここでは地表付近の換振器による記録を用いた. 観測に使用されている換振器は港湾地域強震観測(例えば野津・他,2002a) で使用されているERS-G型強震計の換振器(フォースバランス式)と同じものである(写真-1). 記録の使用に際し,ボアホール内に設置された換振器の水平面内での設置方位に関する補正を行った. |
図-1 羽田空港地震観測平面図
写真-1 新A滑走路で使用中のものと同じ換振器
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新A滑走路に沿った地層断面図を図-2に示す. N値50以上の工学的基盤の深度は,No.1からNo.6に向かって次第に浅くなっている. |
図-2 地層断面図
3. 解析対象記録 新A滑走路は1988年7月の供用開始と同時に地震観測を開始しており, 同年9月に最初の記録が取得された.以来,2001年末までに204の地震による記録が得られている. 観測された地震の発生時刻,緯度,経度,震央地名,震源深さ,震央距離,気象庁マグニチュード, 地表最大加速度を野津・他(2002b)に示している. |
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図-3 解析対象地震の震央 |
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4. 解析手法 4.1 非定常スペクトル |
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図-4 非定常スペクトル算出の一例(1996年3月6日山梨県東部の地震) |
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4.2 F-K解析 ここでは非定常スペクトルに見られる各々の波群について伝播方向と位相速度を明らかにするため, 地表の8点で得られた加速度波形にF-K解析(Capon,1969)を適用する. ここで実施するF-K解析とは,波群の伝播方向と位相速度を様々に仮定して, 各点の地震波の位相差を計算し, その位相差の分だけ各点の波形をずらした上で重ね合わせるものである. 重ね合わせた後の波形に対し4.1で述べた方法で非定常スペクトルを計算し (ここでは加速度波形から非定常スペクトルを計算することとした), 対象周期での値を対象時間区間で平均してF-Kスペクトルと称する. このとき,もしも仮定した伝播方向と位相速度が当該周期と当該時間区間において正しいならば, 干渉によって波形が強め合い,F-Kスペクトルは大きな値をとるはずである. このことを利用して伝播方向と位相速度を求める. F-Kスペクトルの算出例を示す. 図-5は前述の1996年3月6日山梨県東部の地震のNS成分についてF-Kスペクトルを求めたものである. ここに対象周期は1.5秒,対象時間区間は50-60秒である. 図では横軸にkx,縦軸にkyをとっている. F-Kスペクトルの値の大きいところが濃い色で示されている. 図中の円は位相速度800m/sに対応する.また横軸に平行な図中の線は滑走路の方向を示している. 同図から,波群はほぼ真西から到来していること,位相速度は約1489m/sであることなどが推定される. さらに,解析対象がNS成分であり,波群の進行方向とほぼ直交しているので, この波群はラブ波であると推定され,その波長は周期と位相速度の積をとれば約2200mと求まる. 図-6は同じ地震の同じ成分についてF-Kスペクトルを求めたものであるが, ここでは対象周期は3.0秒,対象時間区間は65-75秒である. 同図から,波群はほぼ真西から到来していること,位相速度は約725m/sであることなどが推定される. さらに,解析対象がNS成分であり,波群の進行方向とほぼ直交しているので, この波群はラブ波であると推定され,その波長は周期と位相速度の積をとれば約2200mと求まる. |
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図-5 F-Kスペクトルの算出例
図-6 F-Kスペクトルの算出例 |
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さて,以上の解析を選択したすべての記録と波群について実施し,波群の到来方向,位相速度, 波長などを求める.得られた位相速度の大小に応じて波群が表面波であるか実体波であるかを判断した. また,表面波と判断された場合,到来方向と粒子の振動方向の関係(表-1)から, レイリー波であるかラブ波であるかを判断した. 5. 解析結果 5.1 表面波の伝播方向 |
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図-7 表面波の到来方向 図-8 表面波の到来方向 |
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5.2 表面波の位相速度と波長 次に表面波の位相速度と波長について検討する. 図-9は,前記の検討でラブ波と判定された波群について, その位相速度と周期の関係をプロットしたものである(■印). 一方,図-10は前記の検討でレイリー波と判定された波群について, その位相速度と周期の関係をプロットしたものである(■印). これらのプロットに加えて,図-9および図-10には, 表-2に示す羽田空港の地下構造モデルに基づいて求めたラブ波とレイリー波の理論分散曲線 (例えばAki and Richards, 1980)を示している. それぞれ実線が基本モード,波線が高次モードである. 表-2の地下構造モデルは,地質学的な情報(鈴木,1999)に基づいて設定し, 浅い部分については観測結果(■印)と整合するように若干の試行錯誤を行って定めたものであるが, 図-9および図-10に示すように,ラブ波, レイリー波とも基本モードについてはほぼこの地下構造モデルで観測事実を説明できることがわかる. また高次モードについても,観測事実と大きく矛盾しているところはない. このことから,羽田空港の深部を含めた地下構造のモデルとして表-2に示すモデルは 一定の妥当性を有すると考えられる. さて,1.で述べたように表面波は,その振幅が同じであれば, 波長が短いほど線状構造物に与える影響が大きい. ところで,一般にラブ波,レイリー波とも基本モードは高次モードよりも位相速度が遅く, したがって波長が短い. そこで,線状構造物への影響を考える立場からはラブ波, レイリー波とも基本モードを検討対象とすることが一般的である. そこで,次にラブ波とレイリー波の基本モード同士を図-9及び図-10で比較すると, 当該空港について言えば,周期1秒~8秒の広い周期帯域で, ラブ波の位相速度はレイリー波の位相速度を越えることはない. つまり,当該空港では,ラブ波基本モードが最も位相速度が小さく, したがって最も波長が短い表面波であることが理解される. このラブ波基本モードの位相速度は,周期1秒で約400m/s,周期3秒で約750m/sであることがわかる, また,波長については,周期1秒で約400m,周期3秒で約2250mであることがわかる. これらの数値は,今後,当該空港において滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプライン等の耐震性を検討する際には有用な資料となる. ただし,8.で述べるように,ここで得られた波長等の数値は, 空港周辺の地盤が線形に近い状態での値であることに留意する必要がある. |
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図-9 羽田空港を伝播するラブ波の
図-10 羽田空港を伝播するレイリー波の
表-2 羽田空港の地下構造モデル
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さて,ここで得られた結果を既往の研究(土田他,1981)と比較してみる. 土田他(1981)は旧C滑走路に設置されたアレーの記録について解析を行い, 地表面を見かけ上伝播しているように見える地震波(表面波とは明言していない)の (見かけの)伝播速度は1.2~10.1km/s,波長は1.4~11.1kmであるとしている. これらは,本調査で得られた値と比較してかなり大きな値であることに気付く. この原因としては, 旧C滑走路に展開されたアレーが水平面内だけを見れば滑走路に沿った直線的な配置であり, 滑走路に対して平行に入射する表面波は良いが, 滑走路に対して斜めもしくは直角に入射する表面波については, その波長を実際よりも長く評価する性質があったことが原因であると推察される. 6. 地震応答計算における位相差の与え方の提案 滑走路,沈埋トンネル,埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を検討するためには, まず表面波の特性を十分に把握することが重要であるとの問題意識から, 羽田空港新A滑走路の地震観測結果に基づき,当該空港の表面波の特性について検討してきた. ここではこの結果を線状構造物の地震応答計算において適切に活用するための方法について提案を行う. |
A(ω)=A0(ω) exp[-i(kxx+kyy)] kx=(ω/c(ω))cosθ ky=(ω/c(ω))sinθ |
(15) (16) (17) |
ここにc(ω)はラブ波基本モードの位相速度であり,図-9に実線で示すものである. 一方θは表面波の進行方向がx軸正方向となす角である. 得られたA(ω)をフーリエ逆変換してa(t)を得る.
7. 結論 本調査では羽田空港の新A滑走路に展開された地震計群列(アレー)の記録を利用し, 地震波の一種である表面波の基本的な特性(伝播方向,位相速度,波長)を明らかにした. 表面波の特性を知ることは,滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を議論する際には極めて重要である. なぜなら,線状構造物の各部分に作用する地震動は位相差をもっており, その位相差は水平成層とみなせる地盤では主に表面波に起因すると考えられるからである. このとき,表面波の振幅が同じであれば,波長が短いほど構造物にとって厳しい条件となる. 表面波の特性は場所毎の地下構造を反映して著しく異なることが知られている. 従って,原位置での表面波の特性をアレー観測の結果に基づいて明らかにすることが望ましい. ここでは新A滑走路のアレー観測結果にF-K解析を適用して,当該空港における表面波の特性を明らかにした.
8. あとがき 本調査で明らかにされた羽田空港の表面波の基本特性は,当該空港において滑走路, 沈埋トンネル,埋設パイプライン等の耐震性を検討する際には有用な資料となる. ただし,ここで得られた波長等の数値は, 空港周辺の地盤が線形に近い状態での値であることに留意する必要がある. 将来の大地震に際しては,空港周辺の表層地盤は多かれ少なかれ非線形挙動を示すものと考えられる. もしも,表層地盤が非線形挙動を示す場合の表層地盤の挙動を等価線形の考え方で近似することが許されるならば, 表層地盤が非線形挙動を示す場合の表面波への影響についても,想像することは可能である. すなわち,等価線形の考え方に従って, 表層地盤を線形時よりもS波速度の小さな線形弾性体に置き換えることになるのだから, 表面波の位相速度は線形時より遅くなり,波長は線形時より短くなることが想定される. しかしながら,そもそも表層地盤の非線形性が表面波に及ぼす影響をこのように等価線形の考え方で モデル化できるのかどうかという点について,現段階では全く知見が得られていないのが現状である.
参考文献 足立幸郎,中本覚,鈴木直人(2001) :開削トンネルの縦断方向耐震設計に考慮する地震波長と構造目地間隔に関する研究, 第26回地震工学研究発表会講演論文集,pp.1205-1208. |