羽田空港を伝播する表面波の特徴について

1. はじめに

東京国際空港(羽田空港)では新A滑走路,スカイアーチ, 新B滑走路および京急トンネルの4施設に地震計を設置して観測を行っており, 当研究所は記録の収集・整理と解析を担当している. 記録の解析を通じて, 当該空港のみならず広く軟弱地盤上における空港施設整備において有用となる情報を引き出し, とりまとめて行きたいと考えている.
ここでは,新A滑走路に展開された地震計群列(アレー)の記録を利用し, 地震波の一種である表面波の基本的な特性(伝播方向,位相速度,波長) を明らかにした結果について報告する. ここにアレーとは多数の地震計を密に組織的に配置して同時観測を行うシステムのことである. アレー観測は,地震動の空間的な非一様性や, 地震波がどのように伝播しているかなどを明らかにするのに適している. 以下に述べる解析の詳細については港湾空港技術研究所資料No.1022(野津他,2002b) を参照していただきたい.
表面波は地表面に沿って水平方向に伝播する性質を有しており, その振幅は一般には深さとともに減少する.表面波にはレイリー波とラブ波の2種類がある. レイリー波は運動学的には海の波に似ているところもあり, 進行方向ベクトルを含む鉛直面内において,粒子軌跡は円または楕円を描く(表-1). 一方,ラブ波の場合,進行方向ベクトルを含む鉛直面に対して,粒子軌跡は直交する(表-1). 関東平野や大阪平野など基盤が盆地状に落ち込んでいる場所(堆積盆地)では, 震源から盆地端部に実体波が入射すると,表面波が生成され,堆積盆地内を伝播する. これは盆地生成表面波と呼ばれる. 生成した表面波は反対側の盆地端部で反射され盆地内を行き来することがある. この場合,堆積盆地内の地震動継続時間が著しく長くなることが知られている(例えば川瀬,1993).
表面波の特性を知ることは,滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を議論する際には極めて重要である. なぜなら,地表に沿った相異なる二点間の相対変位が線状構造物の耐震性にとっては重要であり, 表面波は相対変位の主要な要因の一つだからである.
地表に沿った相異なる二点間の相対変位の要因としては次の3者が考えられる(清宮他,1983).
①表層地盤の土質条件が場所毎に異なるとき,表層地盤へ鉛直下方から実体波が同時に入射しても, 表層地盤を通って実体波が地表面に到達する時間が場所毎に異なるので,相対変位が生じる.
②表層地盤が仮に水平方向に一様であっても,表層地盤を実体波が斜めに伝播するとき, 地震波が地表面に到達する時間が場所毎に異なるので,相対変位が生じる.
③表層地盤を表面波が伝播するとき,地表面の相異なる二点間には相対変位が生じる.
以上の要因の中で,当該空港においては, 地表に沿った相異なる二点の相対変位の要因として表面波の伝播が圧倒的に重要であり, 表面波の特性を明らかにすることが滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を議論する上で必須である.

表-1 レイリー波とラブ波 - 土田・井合(1991)の図3.19に加筆

  レ イ リ ー 波 ラ ブ 波
存在する地盤
変位分布
振幅分布
uxuyuzxyz 方向の変位成分x は表面波の進行方向z は深さ方向

回転の向きは 地盤条件に依存.

軌跡    

図-1 港湾地域強震観測

 一般に表面波の特性は場所毎の地下構造を反映して著しく異なることが知られている. 従って,アレー観測の結果に基づき,原位置での表面波の特性を明らかにすることが最も望ましい. そこで,ここでは新A滑走路のアレー観測結果にF-K解析を適用し, 当該空港における表面波の基本的特性(伝播方向,位相速度,波長)を明らかにした. このうち波長は最も重要なパラメタの一つである. なぜなら,仮に振幅を一定として比較すれば,波長が短いほど地盤のひずみは大きくなり, 構造物にとっては厳しい条件となるからである. 表面波の特性の同定は, アレー観測のデータの活用としては最も生産性の高いものの一つであると考えられる.
さて,羽田空港を伝播する地震波に関する既往の研究としては, 旧C滑走路に設置されたアレーの記録を用いた土田他(1981)の研究がある. しかし,旧C滑走路のアレーは地表のものだけを見ると滑走路に沿った直線的な配置であり, 現在新A滑走路に見るような十文字型の配置ではなかった. 直線的なアレーの場合,アレーに対して平行に入射する表面波はよいが, アレーに対して斜めに入射する表面波の場合, 波長を実際よりも長く評価してしまう性質があったと考えられる. 現在羽田空港の新A滑走路に展開されているアレーは十文字型のアレーであるから, 表面波の波長の同定により適したものとなっている.


2. 新A滑走路の地震観測の概要

 図-1に示すように新A滑走路ではNo.1~No.8の8地点で観測を行っている. No.1~No.6は滑走路に平行であり,No.7とNo.8を結ぶ線分は滑走路に直交していて, 全体として十文字型のアレーを形成している. 新A滑走路のNo.1~No.8の各々には複数の換振器が置かれているが, ここでは地表付近の換振器による記録を用いた. 観測に使用されている換振器は港湾地域強震観測(例えば野津・他,2002a) で使用されているERS-G型強震計の換振器(フォースバランス式)と同じものである(写真-1). 記録の使用に際し,ボアホール内に設置された換振器の水平面内での設置方位に関する補正を行った.

図-1 羽田空港地震観測平面図

写真-1 新A滑走路で使用中のものと同じ換振器

 

 新A滑走路に沿った地層断面図を図-2に示す. N値50以上の工学的基盤の深度は,No.1からNo.6に向かって次第に浅くなっている.

図-2 地層断面図

3. 解析対象記録

 新A滑走路は1988年7月の供用開始と同時に地震観測を開始しており, 同年9月に最初の記録が取得された.以来,2001年末までに204の地震による記録が得られている. 観測された地震の発生時刻,緯度,経度,震央地名,震源深さ,震央距離,気象庁マグニチュード, 地表最大加速度を野津・他(2002b)に示している.
ここでは,これまでに取得された記録の中で,気象庁マグニチュードが5.0以上で,かつ, 地表最大加速度が10Gal以上の記録を選択して用いることとした. これは,本調査で対象する表面波は規模の小さい地震の記録にはあまり含まれていないこと, 振幅の小さな記録はSN比があまり良好でないことなどを考慮したものである. 上記の条件を満足する記録は,これまでのところ27得られていることがわかった. 対象とする27の地震の震央を図-3に示す. 図-3において,■印の横の番号は野津・他(2002b)の地震番号と対応している. 地震番号6の地震と地震番号151の地震は互いに近接しているので重なって見える. また地震番号27の地震と地震番号28の地震も重なり合って見える. 1994年北海道東方沖地震(地震番号61)の震央は表示していない. 対象地震の震央位置は,羽田空港の周辺にまんべんなく分布しているように見える. 解析対象とする表面波の周期は1秒以上とした.

図-3 解析対象地震の震央

4. 解析手法


4.1 非定常スペクトル
以下においては上記の27地震による地表の記録(ただし設置方位誤差の補正を施したもの) にF-K解析を適用して,表面波の特性を明らかにする. このとき,まず,解析に用いる時間区間ならびに周期帯域を決める必要がある. そこで,各々の記録の非定常スペクトルを描き, 顕著な波群が到来している時間区間とその周期を求めることとする.
非定常スペクトルとは,地震動のどのような周期成分(または周波数成分) がどのような時刻に到来しているかを縦軸に周期(または周波数), 横軸に時間をとって示したものである. その算出方法は,地震波形からバンドパスフィルタによりある周波数帯域だけをとりだし, その包絡線を求めるというというものである.
図-4に非定常スペクトル算出の一例を示す. 上段はNo.1地点の地表の記録のNS成分を積分して速度波形を求めたものである. このとき積分は周波数領域で実施し,0.1Hz以下の帯域をフィルターにより削除している. 下段は速度波形のNS成分から非定常スペクトルを求めたものである. 非定常スペクトルは前述のようにNo.1~No.8の8地点について求めたものを重ね合わせている. 速度波形は直達S波の到来時刻(時刻20秒前後)よりも, むしろ波形の後半部分で大きな振幅を示しており,最大速度は時刻60秒前後で生じている. 非定常スペクトルを見ると,直達S波は周期1-2秒の成分が主であるが(時刻20秒), 時刻70秒~80秒では周期2-4秒の成分が主である. このように,地震動の継続時間が長いことと, 波形後半に周期1秒以上のやや長周期の成分が著しく卓越することが羽田空港の地震動の特徴として挙げられる.
このような非定常スペクトルを27のすべての地震について求め,F-K解析の対象とする時間区間と対象周期を定めた.例えば図-4の例では,
1)周期1.3秒で時間区間が40-50秒
2)周期1.5秒で時間区間が50-60秒
3)周期3.0秒で時間区間が65-75秒
4)周期2.3秒で時間区間が70-80秒
のように時間区間と対象周期を選んだ.

図-4 非定常スペクトル算出の一例(1996年3月6日山梨県東部の地震)
(上段)No.1地点(地表)の速度波形のNS成分
(下段)速度波形のNS成分の非定常スペクトル

4.2 F-K解析
ここでは非定常スペクトルに見られる各々の波群について伝播方向と位相速度を明らかにするため, 地表の8点で得られた加速度波形にF-K解析(Capon,1969)を適用する. ここで実施するF-K解析とは,波群の伝播方向と位相速度を様々に仮定して, 各点の地震波の位相差を計算し, その位相差の分だけ各点の波形をずらした上で重ね合わせるものである. 重ね合わせた後の波形に対し4.1で述べた方法で非定常スペクトルを計算し (ここでは加速度波形から非定常スペクトルを計算することとした), 対象周期での値を対象時間区間で平均してF-Kスペクトルと称する. このとき,もしも仮定した伝播方向と位相速度が当該周期と当該時間区間において正しいならば, 干渉によって波形が強め合い,F-Kスペクトルは大きな値をとるはずである. このことを利用して伝播方向と位相速度を求める.
F-Kスペクトルの算出例を示す. 図-5は前述の1996年3月6日山梨県東部の地震のNS成分についてF-Kスペクトルを求めたものである. ここに対象周期は1.5秒,対象時間区間は50-60秒である. 図では横軸にkx,縦軸にkyをとっている. F-Kスペクトルの値の大きいところが濃い色で示されている. 図中の円は位相速度800m/sに対応する.また横軸に平行な図中の線は滑走路の方向を示している. 同図から,波群はほぼ真西から到来していること,位相速度は約1489m/sであることなどが推定される. さらに,解析対象がNS成分であり,波群の進行方向とほぼ直交しているので, この波群はラブ波であると推定され,その波長は周期と位相速度の積をとれば約2200mと求まる.
図-6は同じ地震の同じ成分についてF-Kスペクトルを求めたものであるが, ここでは対象周期は3.0秒,対象時間区間は65-75秒である. 同図から,波群はほぼ真西から到来していること,位相速度は約725m/sであることなどが推定される. さらに,解析対象がNS成分であり,波群の進行方向とほぼ直交しているので, この波群はラブ波であると推定され,その波長は周期と位相速度の積をとれば約2200mと求まる.

図-5 F-Kスペクトルの算出例
(1996年3月6日山梨県東部の地震,
NS成分,周期1.5秒,時間区間50-60秒)

 

図-6 F-Kスペクトルの算出例
(1996年3月6日山梨県東部の地震,
NS成分,周期3.0秒,時間区間65-75秒)

 さて,以上の解析を選択したすべての記録と波群について実施し,波群の到来方向,位相速度, 波長などを求める.得られた位相速度の大小に応じて波群が表面波であるか実体波であるかを判断した. また,表面波と判断された場合,到来方向と粒子の振動方向の関係(表-1)から, レイリー波であるかラブ波であるかを判断した.

5. 解析結果


5.1 表面波の伝播方向
ここでは代表的な結果を紹介する. 図-7は1990年8月5日箱根の地震について,図-8は1994年10月4日北海道東方沖地震について, 表面波の到来方向と地震の震央方向の関係を示す. これらの図において★印は震央方向を示している. 前記の手順で表面波と判定されたすべての波群の到来方向を, レイリー波もしくはラブ波の判別を行わなかったものを含め,示している. なおレイリー波と判別されたものには記号「R」を, ラブ波と判別されたものには記号「L」を付している.
1990年8月5日箱根の地震の場合,表面波は震央方向と言うよりはむしろ西の方角から到来している. これは,関東平野を伝播する表面波に関する既往の研究と考えあわせると, 関東平野内において表面波の伝播方向が右にカーブする結果であると考えられる. 1994年北海道東方沖地震の場合,表面波の到来方向は震央方向よりも西側に集中している. このことから,ひとつ推定として, 震央方向から関東平野に入射した表面波が北西側から回り込んできているのではないかとも考えられる.

図-7 表面波の到来方向
(1990年8月5日箱根の地震)

図-8 表面波の到来方向
(1994年10月4日北海道東方沖地震)

5.2 表面波の位相速度と波長
次に表面波の位相速度と波長について検討する. 図-9は,前記の検討でラブ波と判定された波群について, その位相速度と周期の関係をプロットしたものである(■印). 一方,図-10は前記の検討でレイリー波と判定された波群について, その位相速度と周期の関係をプロットしたものである(■印).
これらのプロットに加えて,図-9および図-10には, 表-2に示す羽田空港の地下構造モデルに基づいて求めたラブ波とレイリー波の理論分散曲線 (例えばAki and Richards, 1980)を示している. それぞれ実線が基本モード,波線が高次モードである. 表-2の地下構造モデルは,地質学的な情報(鈴木,1999)に基づいて設定し, 浅い部分については観測結果(■印)と整合するように若干の試行錯誤を行って定めたものであるが, 図-9および図-10に示すように,ラブ波, レイリー波とも基本モードについてはほぼこの地下構造モデルで観測事実を説明できることがわかる. また高次モードについても,観測事実と大きく矛盾しているところはない. このことから,羽田空港の深部を含めた地下構造のモデルとして表-2に示すモデルは 一定の妥当性を有すると考えられる.
さて,1.で述べたように表面波は,その振幅が同じであれば, 波長が短いほど線状構造物に与える影響が大きい. ところで,一般にラブ波,レイリー波とも基本モードは高次モードよりも位相速度が遅く, したがって波長が短い. そこで,線状構造物への影響を考える立場からはラブ波, レイリー波とも基本モードを検討対象とすることが一般的である. そこで,次にラブ波とレイリー波の基本モード同士を図-9及び図-10で比較すると, 当該空港について言えば,周期1秒~8秒の広い周期帯域で, ラブ波の位相速度はレイリー波の位相速度を越えることはない. つまり,当該空港では,ラブ波基本モードが最も位相速度が小さく, したがって最も波長が短い表面波であることが理解される. このラブ波基本モードの位相速度は,周期1秒で約400m/s,周期3秒で約750m/sであることがわかる, また,波長については,周期1秒で約400m,周期3秒で約2250mであることがわかる. これらの数値は,今後,当該空港において滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプライン等の耐震性を検討する際には有用な資料となる. ただし,8.で述べるように,ここで得られた波長等の数値は, 空港周辺の地盤が線形に近い状態での値であることに留意する必要がある.

図-9 羽田空港を伝播するラブ波の
位相速度と周期の関係(分散曲線)

 

図-10 羽田空港を伝播するレイリー波の
位相速度と周期の関係(分散曲線)

 

表-2 羽田空港の地下構造モデル

層厚(m) VP(m/s) VS(m/s) 密度(ton/m3)
50.0
120.0
1580.0
1250.0
3100.0
1600.0
1800.0
1900.0
2400.0
5000.0
6000.0
250.0
410.0
800.0
1200.0
2600.0
3400.0
1.80
1.90
1.90
2.10
2.60
2.60

 

 さて,ここで得られた結果を既往の研究(土田他,1981)と比較してみる. 土田他(1981)は旧C滑走路に設置されたアレーの記録について解析を行い, 地表面を見かけ上伝播しているように見える地震波(表面波とは明言していない)の (見かけの)伝播速度は1.2~10.1km/s,波長は1.4~11.1kmであるとしている. これらは,本調査で得られた値と比較してかなり大きな値であることに気付く. この原因としては, 旧C滑走路に展開されたアレーが水平面内だけを見れば滑走路に沿った直線的な配置であり, 滑走路に対して平行に入射する表面波は良いが, 滑走路に対して斜めもしくは直角に入射する表面波については, その波長を実際よりも長く評価する性質があったことが原因であると推察される.

6. 地震応答計算における位相差の与え方の提案

 滑走路,沈埋トンネル,埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を検討するためには, まず表面波の特性を十分に把握することが重要であるとの問題意識から, 羽田空港新A滑走路の地震観測結果に基づき,当該空港の表面波の特性について検討してきた. ここではこの結果を線状構造物の地震応答計算において適切に活用するための方法について提案を行う.
線状構造物の耐震性を検討する際に,地表に沿った相異なる二点間の相対変位が重要であるが, 相対変位の諸要因の中で,地盤が水平成層に近い場所では表面波の伝播が最も重要である. 羽田空港の地盤は,完全に水平成層であるとは言い難いが, 上記のことが成り立つことはすでに確認している(1.). そこで,線状構造物の地震応答計算における位相差の設定は, 表面波の特性に基づいて行われるべきである.表面波の性質の重要な点として, 位相速度が周期に応じて異なること(分散性), また,位相速度と周期の関係(分散曲線)が場所毎の地下構造を反映して著しく異なることなどが挙げられる. こうれらの性質を適切に反映した位相差の設定方法として,ここでは次のことを提案する.
いま,原点において地震応答計算用の入力地震動a0(t)が与えられているものとする. このとき,任意の点(x, y)における入力地震動a(t)を次の考え方で与える.
まず,a0(t)のフーリエ変換A0(ω)を計算する. 次に,A(ω)を次式により計算する.

A(ω)=A0(ω) exp[-i(kxx+kyy)]
kx=(ω/c(ω))cosθ
ky=(ω/c(ω))sinθ
(15)
(16)
(17)

 ここにc(ω)はラブ波基本モードの位相速度であり,図-9に実線で示すものである. 一方θは表面波の進行方向がx軸正方向となす角である. 得られたA(ω)をフーリエ逆変換してa(t)を得る.
ここでラブ波基本モードを採用するのは, 少なくとも当該空港においてはラブ波基本モードが最も波長が短く, ラブ波基本モードを採用しておくことが最も安全側だからである. 一方θについては,表面波の進行方向について先験的に情報が与えられているときには, それに基づいてθを定めることも可能と思われるが,一般には,試行錯誤を行い, 構造物にとって最も危険となるようなθを選ぶ.
以上の考え方は,
1)位相速度を周期に応じて与えることができる.
2)位相速度と周期の関係(分散曲線)の原位置での観測結果に基づいており精度が高い
という大きな利点を有している. 既往の耐震設計事例の中には阪神高速道路淀川左岸線のように原位置で得た表面波の位相速度に基づいて 位相差を設定している例もあるが(足立他,2001), この場合,位相速度が周期に依存することまでは考慮されていない. 上記の提案によれば,位相速度が周期に依存する性質まで考慮できることになるので一層合理的である.

 

7. 結論

 本調査では羽田空港の新A滑走路に展開された地震計群列(アレー)の記録を利用し, 地震波の一種である表面波の基本的な特性(伝播方向,位相速度,波長)を明らかにした. 表面波の特性を知ることは,滑走路,沈埋トンネル, 埋設パイプラインなど線状構造物の耐震性を議論する際には極めて重要である. なぜなら,線状構造物の各部分に作用する地震動は位相差をもっており, その位相差は水平成層とみなせる地盤では主に表面波に起因すると考えられるからである. このとき,表面波の振幅が同じであれば,波長が短いほど構造物にとって厳しい条件となる. 表面波の特性は場所毎の地下構造を反映して著しく異なることが知られている. 従って,原位置での表面波の特性をアレー観測の結果に基づいて明らかにすることが望ましい. ここでは新A滑走路のアレー観測結果にF-K解析を適用して,当該空港における表面波の特性を明らかにした.
解析の結果,羽田空港を伝播する表面波のうち,最も波長の短いラブ波基本モードの位相速度は, 周期1秒で約400m/s,周期3秒で約750m/sであることがわかった, また,波長については,周期1秒で約400m,周期3秒で約2250mであることがわかった. これらの値は地盤が線形に近い状態での値であることに留意する必要がある. 観測で得られた表面波の分散曲線(位相速度と周期の関係)と, 既往の文献に基づいて設定した当該空港の深部地下構造モデルによる理論分散曲線とは良い一致を示す.

 

8. あとがき

 本調査で明らかにされた羽田空港の表面波の基本特性は,当該空港において滑走路, 沈埋トンネル,埋設パイプライン等の耐震性を検討する際には有用な資料となる. ただし,ここで得られた波長等の数値は, 空港周辺の地盤が線形に近い状態での値であることに留意する必要がある. 将来の大地震に際しては,空港周辺の表層地盤は多かれ少なかれ非線形挙動を示すものと考えられる. もしも,表層地盤が非線形挙動を示す場合の表層地盤の挙動を等価線形の考え方で近似することが許されるならば, 表層地盤が非線形挙動を示す場合の表面波への影響についても,想像することは可能である. すなわち,等価線形の考え方に従って, 表層地盤を線形時よりもS波速度の小さな線形弾性体に置き換えることになるのだから, 表面波の位相速度は線形時より遅くなり,波長は線形時より短くなることが想定される. しかしながら,そもそも表層地盤の非線形性が表面波に及ぼす影響をこのように等価線形の考え方で モデル化できるのかどうかという点について,現段階では全く知見が得られていないのが現状である.
この分野の研究が立ち後れている最大の原因は, 地盤の非線形性が表面波に及ぼす影響を捉えた観測事例が存在しないことである. 本調査で見てきたように,地震動のアレー観測は表面波の挙動を解明するための必須のツールであり, 地震動がアレーの枠組みの中で観測されない限り, 表面波に関する詳しい検討はできないと言っても過言ではない. ところが,地震動のアレー観測を実施している場所は全国的にもけして多いとは言えず, 地盤の非線形挙動を伴うような強い地震動がアレーの枠組みの中で観測された事例が これまでに存在しないのはやむを得ないことである. 地震動に関する研究が実際のデータに裏打ちされてはじめて説得力を持ち得ることを考えると, 地盤の非線形挙動が表面波に及ぼす影響を解明していくためには, 地盤の非線形挙動を伴うような強い地震動をアレーの枠組みの中で捉えることがぜひとも必要である. このような意味で,我が国の空港で実施されている地震動のアレー観測は, 社会的にも大きな役割を担っていると考えられる.

 

参考文献

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川瀬博(1993) :表層地質による地震波の増幅とそのシミュレーション, 地震,第2輯,第46巻,pp.171-190.
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鈴木宏芳(1999) :首都圏における深部地質構造と地震活動, 地学雑誌,Vol.108,pp.336-339.
土田肇・南兼一郎・清宮理・倉田栄一・西沢英雄(1981) :地震動の多点同時観測に基づくパイプラインの応力の検討, 港湾技術研究所報告,第20巻,第4号,pp.3-40.
土田肇・井合進(1991) :建設技術者のための耐震工学, 山海堂.
野津厚・深澤清尊・佐藤陽子・玉井伸昌・菅野高弘(2002a) :港湾地域強震観測年報(1999&2000), 港湾空港技術研究所資料,No.1016.
野津厚・安中正・佐藤陽子・菅野高弘(2002b) :羽田空港の地震動特性に関する研究(第1報)表面波の特性, 港湾空港技術研究所資料,No.1022.
Aki, K. and Richards, P.G.(1980) : Quantitative Seismology, Theory and Methods, Vol.1, W.H. Freeman.
Capon, J.(1969) : High-resolution Frequency-wavenumber Spectrum Analysis, Proc. of IEEE, 57(8), pp.1408-1418.