経験的グリーン関数法で中間周波数帯域の落ち込みが生じる
原因の再吟味とシンプルな解決方法

1. はじめに

 経験的グリーン関数法の問題点の一つとして, 合成スペクトルの中間周波数帯域における落ち込みがある[入倉(1994)]. ここではその本質について考察するとともに,解決策の一つとして,Sato and Hirasawa(1973) の円形クラックモデルを経験的グリーン関数法に応用することを提案する.

 

2. 中間周波数帯域の落ち込みの本質

 いま,一様な媒質中に中心からradialに2.8km/sで破壊する8km×8kmの矩形の領域を考える(図1). 最終滑り量とライズタイムは破壊領域内で一様とする.大地震と小地震のモーメント比は80×80×80とする. ω-2モデルに従う小地震の地震動を入倉・他(1997)で重ね合わせ, 合成波形のスペクトルをω-2モデルと比較したものが図3左である(合成はA点で行った). ここでは変位スペクトルの低周波側のフラットレベルが1となるように無次元化して示している. 合成波のスペクトルには中間周波数帯域で落ち込みが見られる. 図3左から,中間周波数帯域ではスペクトルの包絡線はω-3の傾きを示すことがわかる. また,合成波形のスペクトルが落ち込みを示す周波数帯域の上限は, 小地震記録がcoherentに重なり合う帯域とin-coherentに重なり合う帯域の境界に相当する. これらのことから,中間周波数帯域においてスペクトルに落ち込みが生じるのは, この帯域において小地震記録がcoherentに重なり合うため,断層長さの有限性,断層幅の有限性, それに破壊継続時間の有限性に対応する3つのコーナー周波数を有する理論地震動のスペクトル特性が そのまま表れるためであると考えられる.

 

3. シンプルな解決方法

 以上の考察が正しいとすれば,あらかじめω-2モデルに従う理論地震動を生成するような 震源モデルを選択して用いることにより,中間周波数帯域での落ち込みの問題は解決されるはずである. ここではSato and Hirasawa(1973)の円形クラックモデルを経験的グリーン関数法に応用する. 先程の破壊領域を面積の等しい円形クラックに置き換え(図2),A点での合成波を計算すると, 意図したとおり,中間周波数帯域での落ち込みの問題は解決される(図3中). 円形クラックモデルでは,クラック端付近ではライズタイムは小さな値を示すため, 時間に関するコーナー周波数が高周波側に移動する性質があり, これがS波のスペクトルがω-2モデルに従う理由であると考えられる. このことを検証するため,円形クラックモデルにおいて, ライズタイムだけをクラック内で一様(1.2s)とし, それ以外は前記と同じ条件でA点における合成波形を計算し,図3右に示した. 同図に示すように, クラック内で一様なライズタイムを用いた場合には中間周波数帯域での落ち込みが再びあらわれ, ライズタイムの非一様性が中間周波数帯域での落ち込みを回避する上で本質的な役割を果たしていることがわかる.

図1 矩形断層 図2 円形クラック

図3 (左)矩形断層による結果,(中)円形クラックモデルによる結果,
(右)円形クラックモデルでライズタイムのみ破壊領域内で一様とした結果

参考文献

 入倉孝次郎, 1994, 震源のモデル化と強震動予測,地震2,46,495-512.
入倉孝次郎・香川敬生・関口春子,1997,経験的グリーン関数を用いた強震動予測方法の改良, 日本地震学会講演予稿集,No.2,B25.
Sato, T. and T. Hirasawa, 1973, Body wave spectra from propagating shear cracks, J. Phys. Earth, 21, 415-431.