干潟の泥表面の微生物が鳥の餌

2013年5月21日更新

干潟の泥表面の微生物がシギの渡りを支える

桑江朝比呂チームリーダーを中心とする日本・カナダ・イギリスの国際共同研究グループは,干潟に飛来する様々な種類のシギが,干潟泥の表面に発達する微生物(バイオフィルム)を食べていることを突き止めました.これまで,干潟で餌を食べるシギ・チドリ類はゴカイやカニなどの小動物を主要な餌としていると考えられており,微生物が重要な餌になっていることはまったく知られていませんでした.シギは目に見えない餌からエネルギーを補給し,越冬地の温帯・亜熱帯から繁殖地の北極圏まで何千キロにも及ぶ渡りをおこなっていたのです.

現在,シギ・チドリ類の個体数が世界的に激減しているなか,バイオフィルムという新たな餌の発見をもとに,バイオフィルムを育む干潟や湿地の保全・再生が鳥類飛来数の減少を食い止めることができるか,さらに研究をすすめていく予定です.

本研究成果は米国の学術専門誌「Ecology Letters」に掲載されました(論文のPDF).

北海道新聞で掲載された記事(取材先:共同研究者の北見工大 中山教授)

朝日新聞で掲載された記事(取材記者:本社科学部 米山正寛さん)

Frontiers in Ecology and the Environment (Ecological Society of America) で掲載された記事(取材先:共著者のBob Elner博士)

カナダの新聞4社で掲載された記事の例(取材先:共著者のBob Elner博士)

カナダCBC Radio interviewの内容(取材先:共著者のBob Elner博士)

オランダの新聞で掲載された記事の例(取材先:共著者のRon Ydenberg教授)

国内の新聞各社で掲載された記事の例(取材先:共著者の香川大一見准教授)

また,2008年に初めてヒメハマシギがバイオフィルムを食べていることを解明した研究成果は,「Ecology」(米国生態学会誌)(論文のPDF)に掲載され,同誌の「Featured Articles」(注目論文)に選ばれました.

米国カリフォルニア州の新聞に掲載された記事
米国カリフォルニア州の新聞に掲載された記事(和訳版)カナダ国ブリティッシュコロンビア州の新聞他9誌に掲載された記事の例カナダ国ブリティッシュコロンビア州の新聞他9誌に掲載された記事の例(和訳版)米国オレゴン州の新聞に掲載された記事
米国オレゴン州の新聞に掲載された記事(和訳版)
読売新聞(北海道版)に掲載された記事
雑誌「Birder」(野鳥の不思議解明最前線#32)に掲載された記事雑誌「自然保護」2008年9/10月号(Newsハイライト)に掲載された記事

背景

図1 干潟における食物網の模式図
図1 干潟における食物網の模式図

干潟や湿地に飛来し餌を食べるシギ・チドリ類は,生態系の上位に位置することから生態系の健全さを表す指標生物として認識されています(図1).

しかしながら近年,そのシギ・チドリ類の急激な個体数の減少が世界中で顕在化しています.日本においてもここ20年間に飛来数が40-50%減少したと報告され(Link),干潟・湿地生態系の保全や再生による飛来数の回復が喫緊の課題となっています.

シギ・チドリは主に餌場として干潟・湿地を利用していることから,飛来数の回復には餌の回復を促す保全・再生策が基本となるはずです.これまで,干潟に飛来するシギ・チドリ類の主要な餌は,ゴカイ類・甲殻類・貝類などの底生無脊椎動物(マクロベントス)であると考えられてきました(図1).しかしながら,シギ・チドリの中でも飛来個体数の多い小型シギ類の食性に関する研究事例では,高速のつつき行動ということもあって餌が全く確認できないか,もしくは確認された餌量ではエネルギー要求量に満たないケースがほとんどでした.そのため小型シギ類の食性の真相は長年の謎でした.

研究手法と成果

図2 干潟泥の表面に発達するバイオフィルムの採取の様子
図2 干潟泥の表面に発達するバイオフィルムの採取の様子

この謎を解明するため,無脊椎動物や一部の限られた脊椎動物(ハゼ類など)の餌としてこれまで認識されていたバイオフィルム(微生物膜)に目を付けまし た.バイオフィルムとは,微細藻類,バクテリア,およびそれらが細胞外に放出する多糖類粘液で構成された0.01-2 mmほどの薄い層の総称であり,静穏な干潟泥の表面によく発達します(図2).


図3 トウネン(上),ヒメマハシギ(中)とヒメハマシギの濃密な群れ(下).アラスカへ向かう春の渡りの中継地であるバンクーバーRoberts Bank干潟では,一日に10万羽を超えるヒメハマシギが観察される.

そして,日本の干潟に大群で飛来するトウネン(Calidris ruficollis)やハマシギ(Calidris alpina),そしてカナダの干潟に大群で飛来するヒメハマシギ(Calidris mauri)の食性について(図3),望遠ビデオカメラによる採餌行動解析・胃内容物分析・熱量収支・安定同位体比解析の4つの手法を用いることにより, バイオフィルムがこれら小型シギの餌となっている証拠を得ることに成功しました.

これは,生態系の中でこれまで見落とされてきた,鳥とバイオフィルムとの間の「ミッシング・リンク」を特定したことになります.

 

  


図4 様々な種類のシギにおける舌の写真.大型のチュウシャクシギだけには棘毛がみられないことに注意.

小型のシギ類は舌先にブラシのような毛があるという特徴を持ち,その毛にバイオフィルムを巧みに絡めて食べていることも今回解明しました(図4).驚いたことに,小型のシギほど舌毛は発達していて,餌の多くをバイオフィルムに依存していました. 

図4 望遠ビデオカメラを用いたヒメハマシギのバイオフィルム採餌の様子(1/30秒ごとの連続画像).一連の採餌では,くちばしをかすかに開閉させ,くちばしの間にある堆積物からバイオフィルムをよりわける動作(6と7)が数度繰り返される.
図5 望遠ビデオカメラを用いたヒメハマシギのバイオフィルム採餌の様子(1/30秒ごとの連続画像).一連の採餌では,くちばしをかすかに開閉させ,くちばしの間にある堆積物からバイオフィルムをよりわける動作(6と7)が数度繰り返される.

 

望遠ビデオシステムを用いてバイオフィルム採餌の様子を詳細に調べた結果,実際の餌となる泥中のバイオフィルムを不要物である泥粒子からよりわける行動が観察されました(図5).この一連の採餌は0.3秒程度で完了する非常に高速な行動であり,撮影した動画をスロー再生することではじめて明らかになりました.

等速の動画(動画/3.1MB)
スロー再生の動画(動画/5.2MB)

 

図5 ヒメハマシギの糞および胃内容物(●)と食物源(◆)の炭素窒素安定同位体比. 胃内容物や糞の値がバイオフィルム(干潟泥+底生微細藻類)の値に近いことから,シギがバイオフィルムを実際に食べていることがわかる.一方,主要な餌と して今まで考えられてきた大型多毛類(ゴカイ)の値は大きく離れたところに位置している.

図6 各調査地におけるシギ類のバイオフィルムへの依存度

 

シギ類の食物全体に対するバイオフィルムの依存度は,場所,鳥の種類によって異なり,少ない場合で数%,多い場合で70%程度に及びました(図6).詳細な説明はここでは省略しますが,(1)バイオフィルムの密度が高い泥干潟であることと,(2)鳥が小型であると,バイオフィルム依存度が高くなることがわかりました.つまり,コムケ湖のような泥干潟に,トウネンのような小型のシギ飛来する場合には,バイオフィルムをよく食べるということです.逆に,盤洲干潟のようなバイオフィルムの密度が低い砂干潟に,ハマシギのようなやや中型のシギ飛来しても,あまりバイオフィルムを食べないということになります.

また,摂取カロリー(熱量)からバイオフィルム依存度を解析した結果も,上記の安定同位体と同様でした.さらに熱量の解析結果から,100 gを超えるような中型以上のシギ・チドリ類では,たとえ泥干潟であっても,バイオフィルムの依存度は高くなり得ないことが予測されました.

 

結果の意義と今後の展開

図5 ヒメハマシギの糞および胃内容物(●)と食物源(◆)の炭素窒素安定同位体比. 胃内容物や糞の値がバイオフィルム(干潟泥+底生微細藻類)の値に近いことから,シギがバイオフィルムを実際に食べていることがわかる.一方,主要な餌と して今まで考えられてきた大型多毛類(ゴカイ)の値は大きく離れたところに位置している.
図7 従来考えられていた干潟における単純な食物連鎖と,今回はじめて明らかとなった雑食としてのシギ類を考慮した複雑な食物網の構造

シギ類が一次消費者でもあることを意味するこれらの結果は(図7),「シギ類は底生動物を主食とする二次もしくはそれ以上の高次消費者」というこれまでの常識を覆す 知見になります.

シギ類がバイオフィルムを餌とする利点としては,(1)多毛類などと比較してバイオフィルムは遍在しているため,長距離の渡りにおける餌不足リスクを回避できる,(2)摂取後すぐにエネルギー源として利用しやすい炭水化物などの成分が豊富に含まれている,などがあげられます.

干潟にはウミニナなどの巻貝類も生息しており,バイオフィルムを主食としています.したがって,小型シギはバイオフィルムという共通の餌をめぐって,実は,巻貝と競争関係になっていることを示しています.

鳥類がバイオフィルムと小動物の両方を食べることで,生態系全体の安定性が保たれると,食物網の理論からは予測できます.そのため,シギ・チドリ類の個体数が減少すると,干潟生態系全体のバランスが崩れることが懸念されます.

図5 ヒメハマシギの糞および胃内容物(●)と食物源(◆)の炭素窒素安定同位体比. 胃内容物や糞の値がバイオフィルム(干潟泥+底生微細藻類)の値に近いことから,シギがバイオフィルムを実際に食べていることがわかる.一方,主要な餌と して今まで考えられてきた大型多毛類(ゴカイ)の値は大きく離れたところに位置している. 

図8 本研究で新たに提案するシギ・チドリ類の餌をめぐる進化のメカニズム

小型のシギにとって,大きい餌や硬い殻を持つ餌は,小さな消化器官という制約から適していません.さらに,小型シギはくちばしも短いので,干潟泥の深いところの餌もうまく捕まえられません.したがって,餌をめぐる他の鳥類との競争の中で,小型シギは干潟泥表面のバイオフィルムを食べるように進化したのではないかと考えられます(図8).
 

シギ・チドリ類の飛来数減少に対処するための,有効的かつ具体的な保全・再生策が見つからない現状において,主要な餌の一つがバイオフィルムであったという新事実は,難題を解決する突破口となる大きな可能性を秘めていると思われます.つまり,バイオフィルムの利用可能性を高めるような干潟・湿地の保全・再生策により,鳥類飛来数の減少が打開できるか,今後検討していく必要があると考えられます.

 

最後に,バッハ(J.S. Bach)とsheepに失敬し,シギ・チドリ類の保全と国家の安寧を願って

「シギは安らかにバイオフィルムを食み」 Peeps May Safely Graze" lyrics by Salomon Franck, 1713:

http://www.youtube.com/watch?v=VzaCZH1zGvw

Schafe konnen sicher weiden, (peeps may safely graze)
wo ein guter Hirte wacht, (where a good shepherd keeps watch,)
Schafe konnen sicher weiden, (peeps may safely graze,)
Schafe konnen sicher weiden, (peeps may safely graze)
wo ein guter Hirte wacht, (where a good shepherd keeps watch,)
wo ein guter Hirte wacht. (where a good shepherd keeps watch.)

Wo Regenten wohl regieren, (Where rulers govern well,)
kann man Ruh' und Frieden spuren, (one can feel the serenity and peace)
und was Lander glucklich macht, (and what makes countries blissful,)
wo Regenten wohl regieren, (where rulers govern well)
Kann man Ruh' und Frieden spuren, (one can feel the serenity and peace,)
Ruh' und Frieden, Ruh' und Frieden spuren, (serenity and peace, feel the serenity and peace)
und was Lander glucklich macht. (and what makes countries blissful.)

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