2011/8/17
2007年能登半島地震(M6.9)の特性化震源モデル

1. 地震と解析の概要

この地震は2007年3月25日9時41分ごろ能登半島を震源として発生したMJ6.9の地震である.この地震により,震源に近い輪島市鳳至町,輪島市門前町,穴水町,七尾市田鶴浜町では震度6強を記録した.震源に近い地域では家屋や道路盛土に多大な被害が生じた.

能登半島地震の震源域周辺を概略的に図-1に示す.この地震は南東側に傾斜した逆断層の地震である.図-1に示す長方形は波形インバージョン(Nozu, 2008a;野津,2010)で用いられた断層面(長さ36km,幅24km,走向58°,傾斜角66°)を地表面に投影したものである.波形インバージョン(Nozu, 2008a;野津,2010)の結果によると,気象庁発表の震源(破壊開始点,図-1の×印)よりも東側の深い部分(図-4のa)と西側の浅い部分(図-4のb)にすべりの大きい領域が存在している.この地震の際,ISK005(K-NET穴水)ではやや短周期帯域で非常に大きな振幅を有する地震動が観測されており(図-2),最大速度は100cm/sを越えている.周辺では木造建物を中心に甚大な被害が発生している(境他,2008a).しかしながら,断層面が南東傾斜であることを踏まえると,ISK005に生じた振幅の大きいやや短周期地震動はフォワードディレクティヴィティによるものとは解釈できない.一方,ISK005におけるサイト増幅特性は,周辺の他の地点と比較して著しく大きい値を示している(図-3).このサイト増幅特性を考慮すれば,フォワードディレクティヴィティの影響が無いとしても,ISK005に実際に生じた振幅の大きいやや短周期地震動を特性化震源モデルで説明できる可能性がある.以下の解析では実際にこのことを確認していく.特性化震源モデルの作成を行うにあたり対象とした観測点は図-1に示す6つの観測点である.波形の計算には経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法を用いる(古和田他,1998;野津・菅野,2008;野津他,2009).

図-1
図-1 2007年能登半島地震の震源断層(長方形)と
対象観測点および本震・余震の震央
(数字は表-1の余震番号に対応)
表-1 2007年能登半島地震の本震・余震の震源パラメタ
  時刻 東経*
(deg)
北緯*
(deg)
深さ*
(km)
MJ* 走向**
(deg)
傾斜**
(deg)
すべり角**
(deg)
M0**
(Nm)
本震 2007/3/25 9:41 136.685 37.220 11 6.9 58 66 132 1.36E+19
余震1 2007/6/11 3:45 136.653 37.243 7 5.0 224 44 143 2.04E+16
*気象庁より **F-netより
図-2
図-2 2007年能登半島地震による複数地点における速度波形の再現
(0.2-2Hzの速度波形,黒が観測)

2. サイト増幅特性

本検討の対象地域においても,既往の研究(野津・長尾,2005)でスペクトルインバージョンによるサイト増幅特性の評価が行われており,今回はこれらを用いた(図-3).先に述べたとおりISK005では著しく大きなサイト増幅特性が得られている.これ以外にもISK003(K-NET輪島),ISK007(K-NET七尾),TYM002(K-NET氷見)ではやや短周期帯域においてサイト増幅特性がかなり大きい値を示している.ISK004(K-NET能都)はやや短周期帯域における線形時のサイト増幅特性はこれらより小さいが,3Hz弱においてサイト増幅特性が20を上回っている.ISK006(K-NET富来)ではサイト増幅特性の値は比較的小さい.

図-3
図-3 2007年能登半島地震の強震波形計算に用いたサイト増幅特性

3. 位相特性

能登半島地震の余震記録の中から最適なものを選択するため,本震記録と余震記録のフーリエ位相の類似性を検討し(野津,2005),類似性の高い余震記録を選択した.その結果,2007年6月11日3:45に発生したM5.0の余震(余震1と呼ぶ)の記録を用いることが適当であると判断された.余震1の震源パラメタを本震の震源パラメタとともに表-1に示す.また,余震1の震央を本震の震央とともに図-1に示す.余震1は本震の震源(破壊開始点)よりもやや浅い所で発生しており,領域b(図-4)の位置に近い.

4. 特性化震源モデル

作成した特性化震源モデルを図-4に示す.アスペリティは,波形インバージョンの結果(Nozu, 2008a;野津,2010)を参考に,図-4に示す通り,比較的すべりの大きい部分である領域aにアスペリティ1を,領域bにアスペリティ2を設定し,さらに,破壊開始点より東側の浅い部分に副次的なアスペリティ3を設定した.震源周辺の各観測点における波形の再現性に注意しながら,アスペリティのサイズと地震モーメントの調整を行った.各アスペリティのパラメタを表-2に示す.この表からわかる通り,アスペリティ2に最も大きな地震モーメントが割り当てられている.破壊の順序としては,最初にアスペリティ1が破壊を開始し,1.06秒遅れてアスペリティ2が,3.15秒遅れてアスペリティ3が破壊を開始するものとした.各アスペリティの破壊は図-4に示すアスペリティ毎の破壊開始点(☆)から同心円状に拡大するものとした.ライズタイムについてはアスペリティの幅と破壊伝播速度から片岡他(2003)の式で算定される値とした.なお,Qs値は既往の研究(佐藤・巽,2002)に基づきQs=166×f 0.76とした.この震源モデルを強震波形計算プログラムsgf51.exe(港空研資料No.1173)に入力できる形式にしたものをテキストファイルに示す.

図-4
図-4 2007年能登半島地震の特性化震源モデル.
背後のコンターは波形インバージョンで得られたすべり量分布(Nozu, 2008a;野津,2010).
★は全体の破壊開始点,☆は各アスペリティの破壊開始点.
表-2 2007年能登半島地震の特性化震源モデルのパラメタ
  Asperity1 Asperity2 Asperity3
破壊開始点東経(deg) 136.685 136.659 136.727
破壊開始点北緯(deg) 37.220 37.220 37.277
破壊開始点深さ(km) 11.0 8.3 3.2
長さ(km)×幅(km) 2.5×2.5 4.0×3.0 2.5×2.5
M0(Nm) 0.40E+18 0.55E+18 0.30E+18
相対破壊開始時刻(s) 0.00 1.06 3.15
破壊伝播速度(km/s) 3.4 3.4 3.4
ライズタイム(s) 0.18 0.22 0.18
分割数 5×5×5 5×5×5 5×5×5

5.. 地震動の再現結果

図-5の黒線は各地で観測された地震動のフーリエスペクトルを示したものである.各地で得られたフーリエスペクトルのピーク周波数を見ると,多くの地点でサイト増幅特性(図-3)のピーク周波数よりも低周波側となっていることがわかる.例えばISK004ではサイト増幅特性のピーク周波数(線形時のピーク周波数)は2-3Hz付近に存在するが,本震時のピーク周波数は2Hz弱となっている.ISK005においてはサイト増幅特性のピーク周波数は1Hz強であるが,本震時のピーク周波数は1Hz弱となっている.ISK007においてはサイト増幅特性のピーク周波数は1Hz付近に存在するが,本震時のピーク周波数は0.7Hz付近となっている.このようなピーク周波数の低周波側への移動は表層地盤の非線形挙動の影響によるものと考えられる.そこで,ここでは,多重非線形効果を考慮する方法(野津・盛川,2003;野津・菅野,2008)により,表層地盤の非線形性の影響を考慮した強震波形計算を実施した.この方法の詳細については上記の文献を参照していただきたいが,この方法では堆積層における平均的なS波速度の低下率を表すパラメタν1と,堆積層における平均的な減衰定数の増分を表すパラメタν2が必要であり,ここでは観測値を再現する値として表-3に示す値を用いた.

図-2に各地点での速度波形(0.2-2Hz)の再現結果を示す.ISK005における振幅の大きい速度波形は再現されており,それ以外の地点でも,速度波形の再現性は全般に良好である.従って,ここに示した特性化震源モデルは能登半島地震によるやや短周期地震動を再現するのに適したモデルであると言える.図-5に各地点でのフーリエスペクトルの再現結果を示す.各地点におけるフーリエスペクトルは,ISK004における2Hz弱のピーク,ISK005における1Hz弱のピーク,ISK007における0.7Hz付近のピークを含め,非常に良好に再現されている.参考のため,非線形パラメタを用いない場合の各地点におけるフーリエスペクトルの計算結果を図-6に示す.この場合,ISK004,ISK005,ISK006においてピーク周波数に大きな誤差を生じており,フーリエスペクトルは適切に再現できていない.なお,図-2に示したISK004における速度波形(0.2-2Hz)の再現において非線形パラメタは特に重要な役割を果たしている.ISK004では線形時のサイト増幅特性のピーク周波数が3Hz弱であるため,非線形性を考慮せずに計算を行った場合,計算結果のピーク周波数は3Hz弱となり,0.2-2Hzの帯域での速度波形は著しく過小評価となる.非線形性を考慮することにより,図-2に示す波形の再現が可能となる.

表-3 強震波形計算に使用した非線形パラメタ
観測点 ν1 ν2
ISK003 1.00 0.005
ISK004 0.65 0.015
ISK005 0.65 0.080
ISK006 0.90 0.010
ISK007 0.70 0.015
TYM002 0.98 0.005
図-5
図-5 2007年能登半島地震による複数地点におけるフーリエスペクトルの再現
(黒が観測)
図-6
図-6 非線形パラメタを考慮しない場合の2007年能登半島地震による複数地点における
フーリエスペクトルの計算結果(赤)と観測結果(黒)との比較

謝辞

本研究では(独)防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録,F-netのCMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

 

参考文献

片岡正次郎・日下部毅明・村越潤・田村敬一(2003):想定地震に基づくレベル2地震動の設定手法に関する研究,国土技術政策総合研究所研究報告No.15.

古和田明・田居優・岩崎好規・入倉孝次郎(1998):経験的サイト増幅・位相特性を用いた水平動および上下動の強震動評価,日本建築学会構造系論文集,Vol.514,pp.97~104.

境有紀・野尻真介・熊本匠・田中祐典(2008a):2007年能登半島地震における強震観測地点周辺の被害状況と地震動の対応,日本地震工学会論文集,Vol.8,pp.79-106.

佐藤智美・巽誉樹(2002):全国の強震記録に基づく内陸地震と海溝性地震の震源・伝播・サイト特性,日本建築学会構造系論文集,No.556,pp.15-24.

野津厚(2005):2004年新潟県中越地震の震源モデル-経験的グリーン関数を用いた波形インバージョン-,地震2,第58巻,pp.329-343.

野津厚(2010):波形インバージョンにより推定された最近のわが国における内陸地殻内地震の震源過程,港湾空港技術研究所報告,第49巻,第3号,pp.111-155.

野津厚・菅野高弘(2008): 経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法-因果性および多重非線形効果に着目した改良-, 港湾空港技術研究所資料 No.1173.

野津厚・長尾毅(2005):スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料,No.1112.

野津厚・長尾毅・山田雅行(2009):経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法の改良-因果性を満足する地震波の生成-,土木学会論文集A,Vol.65,pp.808-813.

Nozu, A. (2008a): Rupture process of the 2007 Noto Hanto earthquake: waveform inversion using empirical Green’s function, Earth Planets and Space, 60, pp.1029-1034.