2011/8/5
2005年3月20日福岡県西方沖の地震(M7.0)の特性化震源モデル

1. 地震と解析の概要

この地震は2005年3月20日10時53分ごろ福岡県西方沖を震源として発生したM7.0の地震である.この地震により,震源に近い福岡市では震度6弱を記録し,建物や港湾施設(菅野他,2007)に大きな被害が生じた.なかでも,震源に最も近い玄界島では,急傾斜地ということもあり,全壊家屋が多数発生した.

福岡県西方沖の地震の震源域周辺を概略的に図-1に示す.この地震は,鳥取県西部地震と同様,鉛直に近い断層面を持った横ずれ断層の地震である.図-1に示す長方形は波形インバージョン(野津,2007;野津,2010)で用いられた断層面(長さ24km,幅18km,走向126°,傾斜角93°)を地表面に投影したものである.波形インバージョン(野津,2007;野津,2010)の結果によると,気象庁発表の震源(破壊開始点,図-1の×印)の南東側と北西側の双方にアスペリティが存在している(アスペリティの位置については後に再度議論する).断層面の南東側の延長上に位置するFKO006(K-NET福岡)では,図-2に示すように,幅の狭いパルス状の地震波が観測されている.断層面の延長上からやや外れた位置にあるFKO001とFKO007ではパルスの幅はやや広いという特徴がある(図-2).壱岐の観測点(NIG023)では後続位相の発達した波形となっている.ここでは,これらを含め,構造物に対して影響の大きいやや短周期地震動を再現することを念頭に特性化震源モデルの作成を行う.対象観測点は図-1に示す5つの観測点とした.壱岐の観測点(NGS023)を取り入れることにより,できるだけ震源を取り囲むような観測点配置とするよう努めている.波形の計算には経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法を用いる(古和田他,1998;野津・菅野,2008;野津他,2009).

図-1
図-1 2005年福岡県西方沖の地震の震源断層(長方形)と
対象観測点および本震・余震の震央
(数字は表-1の余震番号に対応)
表-5.1 2005年福岡県西方沖の地震の本震・余震の震源パラメタ
  時刻 東経*
(deg)
北緯*
(deg)
深さ*
(km)
MJ*

走向**
(deg)
傾斜**
(deg)
すべり角**
(deg)
M0**
(Nm)
本震 2005/3/20 10:53 130.175 33.738 9 7.0 122 87 -11 7.80E+18
余震1 2005/3/20 20:38 130.170 33.745 11 4.5 111 83 -5 2.17E+15
余震2 2005/4/1 21:52 130.318 33.671 12 4.3 144 94 5 1.61E+15
余震3 2009/8/17 20:40 130.200 33.723 14 3.9
*気象庁より **F-netより
図-2
図-2 2005年福岡県西方沖の地震による複数地点における速度波形の再現
(0.2-2Hzの速度波形,黒が観測)
(時計回りに表示)

2. サイト増幅特性

本検討の対象地域においても,既往の研究(野津・長尾,2005)でスペクトルインバージョンによるサイト増幅特性の評価が行われているが,その際,今回対象としている観測点においては,解析に用いられたデータ数が1~2個と少なかった.その後,国総研および港空研において,福岡県西方沖の地震の余震等のデータを取り入れ,スペクトルインバージョンを再度実施したところ,FKO006等ではサイト増幅特性の評価結果が大きく変化した.後者の解析では,今回対象としている観測点におけるデータ数は7~11個と増えており,後者の解析結果の方が信頼性が高いと考えられるため,ここでは後者の解析で得られたサイト増幅特性を使用した.使用したサイト増幅特性を図-3に示す.また,これらのサイト増幅特性の数値データを 添付ファイル に示す.1Hz以下の帯域におけるサイト増幅特性は,FKO001とFKO007では4以下と小さいが,FKO006,SAG001,NGS023ではこれらよりもやや大きい値となっている.

図-3
図-3 2005年福岡県西方沖の地震の強震波形計算に用いたサイト増幅特性
(時計回りに表示)

3. 位相特性

福岡県西方沖の地震の余震記録の中から最適なものを選択するため,本震記録と余震記録のフーリエ位相の類似性を検討し(野津,2007),観測点毎に類似性の高い余震記録を選択した.選択された余震の震源パラメタを本震の震源パラメタとともに表-5.1に示す.また,これらの余震の震央を本震の震央とともに図-5.1に示す.これらの図および表に示すように,FKO001では断層面の東端部で発生した余震2が,FKO006とFKO007では破壊開始点の南東側で発生した余震3が,SAG001とNGS023では破壊開始点の北西側で発生した余震1がそれぞれ選択された.なお,西側に位置する観測点(SAG001,NGS023)において,破壊開始点の北西側で発生した余震1と本震との間に位相の類似性が見られるのは,これらの観測点における本震波形に対して,断層面の破壊開始点より北西側の部分が大きく寄与していることを示唆している.

4. 特性化震源モデル

作成した特性化震源モデルを図-4に示す.アスペリティは,波形インバージョンの結果(野津,2007)を参考に,図-4に示す通り,破壊開始点の南東側の比較的浅い部分(アスペリティ1)と北西側の比較的浅い部分(アスペリティ2)の2箇所に設定した.アスペリティ1は南東側に向かって壊れることによりその延長上にある観測点(FKO006)に対して幅の狭いパルスを生成する.一方,西側に位置する観測点(SAG001,NGS023)における地震動を説明するため,北西側に向かって壊れるアスペリティ2が必要となる.震源周辺の各観測点における波形の再現性に注意しながら,アスペリティのサイズと地震モーメントの調整を行った.各アスペリティのパラメタを表-2に示す.この表からわかる通り,二つのアスペリティには同じ地震モーメントが割り当てられている.破壊の順序としては,最初にアスペリティ1が破壊を開始し,0.6秒遅れてアスペリティ2が破壊を開始するものとした.各アスペリティの破壊は図-4に示すアスペリティ毎の破壊開始点(☆)から同心円状に拡大するものとした.ライズタイムについてはアスペリティの幅と破壊伝播速度から片岡他(2003)の式で算定される値とした.なお,Qs値は,九州地方を対象とした既往の研究(加藤,2001)に基づきQs=104×f 0.63とした.この震源モデルを強震波形計算プログラムsgf51.exe(港空研資料No.1173)に入力できる形式にしたものを テキストファイル に示す.

図-4
図-4 2005年福岡県西方沖の地震の特性化震源モデル.
背後のコンターは波形インバージョンで得られたすべり量分布(野津,2007).
★は全体の破壊開始点,☆は各アスペリティの破壊開始点.
表-2 2005年福岡県西方沖の地震の特性化震源モデルのパラメタ
  Asperity1 Asperity2
破壊開始点東経(deg) 130.202 130.124
破壊開始点北緯(deg) 33.722 35.771
破壊開始点深さ(km) 7.2 9.2
長さ(km)×幅(km) 3.0×5.0 4.0×5.0
M0(Nm) 1.5E+18 1.5E+18
相対破壊開始時刻(s)

1.64 2.23
破壊伝播速度(km/s) 2.8 2.8
ライズタイム(s) 0.45 0.45
分割数 5×5×5 5×5×5

5.. 地震動の再現結果

図-2に各地点での速度波形の再現結果を示す.速度波形の再現性は全般に非常に良好である.断層面の南東側の延長上に位置するFKO006で幅の狭いパルス状の地震波となっていること,断層面の延長上からやや外れた位置にあるFKO001とFKO007ではパルスの幅がやや広いこと,壱岐の観測点(NIG023)では後続位相の発達した波形となっていることなど,先に指摘した速度波形の特徴が再現されている.従って,ここに示した特性化震源モデルは福岡県西方沖の地震によるやや短周期地震動を再現するのに適したモデルであると言える. 図-5に各地点でのフーリエスペクトルの再現結果を示す.FKO007で短周期成分が過大評価となっていることを除けば,各地点のフーリエスペクトルは概ね適切に再現されている. なお,本地震を対象とした研究の中には,破壊開始点の南東側と北西側の双方にアスペリティが存在するとしているもの(野津,2007;野津,2010;佐藤・川瀬,2006)の他,破壊開始点の南東側だけにアスペリティが存在するとしているもの(例えばAsano and Iwata, 2006;Horikawa, 2006; Kobayashi et al., 2006)もある.しかし,南東側のアスペリティだけを考慮した場合,SAG001とNGS023における波形を十分再現することができず,特にNGS023の波形はかなり過小評価となる(図-6).また,3.で述べた本震と余震の位相特性の類似性からも,本震時のSAG001とNGS023の波形に対して,断層面の破壊開始点より北西側の部分が大きく寄与していたことが推察される.さらには,常時には固着しており断層が滑るのを妨げているというアスペリティの物理的意義を考えた場合,余震分布(本震時の破壊領域)が破壊開始点の北西側まで延びている本地震において,アスペリティが破壊開始点の南側だけに存在したと考えるのは,物理的に説明がつきにくい.以上のことから,本地震については,図-4に示すように,破壊開始点の北西側と南東側の双方にアスペリティを有するモデルが妥当であると考えられる. 南東側のアスペリティのサイズについては複数の研究者によって研究されているので,その比較を行う.佐藤・川瀬(2006)は長さ10km,幅10km,面積100km2のアスペリティを提案している.川瀬他(2006)は長さ4.1km,幅5.1km,面積20.9km2のアスペリティを提案している.それに対して本研究で提案しているアスペリティは長さ3km,幅5km,面積15km2と,川瀬他(2006)のものに近い.佐藤・川瀬(2006)は速度波形および加速度波形の包絡形状を再現することを目的として震源モデルの作成を行っており本研究と必ずしも目的が同じではない.それに対し,川瀬他(2006)では周期1秒前後の速度パルスを再現することを目的として震源モデルの作成を行っており,使用している強震波形計算手法は異なるものの,研究の目指すところは本研究に近い.このことは,構造物への影響が大きいやや短周期地震動の再現を目的とする限り,研究者あるいは計算手法が異なっていたとしても,図-4に示す程度のサイズのアスペリティが選定されるものとも解釈できる.一方,佐藤・川瀬(2006)の研究では,FKO006に近いFKOS01での速度波形の計算結果が示されているが,観測結果と比較してパルスの幅が広すぎる結果となっている.このことは,加速度波形を含む広帯域での地震動をまんべんなく再現することを目的として設定された震源モデルが,必ずしもやや短周期地震動の再現に適していない場合があることを意味している.工学的な目的をもった震源モデルの設定においては,この点に十分注意を払うべきであると考えられる.

図-5
図-5 2005年福岡県西方沖の地震による複数地点におけるフーリエスペクトルの再現
(黒が観測)(時計回りに表示)
図-6
図-6 南東側のアスペリティだけを考慮した場合の2005年福岡県西方沖の地震によるNGS023における速度波形の計算結果と観測結果との比較
(0.2-2Hzの速度波形,黒が観測)

謝辞

本研究では(独)防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録,F-netのCMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

 

参考文献

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