2011/8/17
2004年新潟県中越地震(M6.8)の特性化震源モデル

1. 地震と解析の概要

この地震は2004年10月23日17:56ごろ新潟県中越地方を震源として発生したMJ6.8の地震であり,中越地方の中山間地域などに甚大な被害をもたらした(例えば土木学会新潟県中越地震被害調査特別委員会編,2006).この地震では川口町(当時)の自治体震度計(位置を図-1に示す)が気象庁公認機器としては史上初めて震度7を記録した.川口町の波形は,単に震度が大きいだけでなく,やや短周期に該当する周波数0.5-1Hzの成分を多く含み,最大速度も100cm/sを超えている.従って家屋に甚大な被害をもたらしやすい波形であったと考えられ,実際,川口町の震度計の周辺では建物全壊・大破率が高い値を示している(大月他,2007).一方,移設前のK-NET小千谷(NIG019,位置を図-1に示す)で観測された波形もやや短周期帯域において大きな振幅を有する波形であり,最大速度も100cm/sを超えている(ただし卓越周波数は1.5Hz付近となっており川口町の波形とは異なっている).この地震は余震分布などから北西傾斜の断層面を有する地震であったとされており,NIG019は破壊伝播方向ではない場所に位置している.つまりNIG019に生じた振幅の大きいやや短周期地震動はフォワードディレクティヴィティによるものとは解釈できない.このような条件の下でも,特性化震源モデルにより,実際に生じたやや短周期地震動を再現できることを確認することはたいへん重要である.

新潟県中越地震については,震源断層の破壊過程を解明するための波形インバージョン解析が複数の研究グループによって実施されている(例えば山中,2004;野津,2005;Honda et al., 2005;堀川,2005;Hikima and Koketsu, 2005;Asano and Iwata, 2009;野津,2010).しかし,この地震を対象とした特性化震源モデルの構築は,過去に試みられてはいるものの(例えばKamae et al., 2005),NIG019や川口町で観測された大振幅の速度波形を十分に再現するものとはなっていない.そこで,ここでは特にこれらを再現することを念頭に特性化震源モデルの作成を行う.

新潟県中越地震の震源域周辺を概略的に図-1に示す.図-1に破線で示された長方形と実線で示された長方形は,いずれも,波形インバージョン(野津,2005)で用いられた断層面(長さ40km,幅20km,走向212°,傾斜角47°)である.前者は気象庁発表の震源を含む断層面,後者は,この地震特有の問題である断層面位置の不確実性を考慮して,前者の断層面を東経にして0.03°だけ西に移動させたものである.既往の研究(野津,2005)では,これら二通りの断層面を仮定した波形インバージョンを実施し,すべり量分布に関してほぼ同等の結果を得ている.本研究では,既往の研究で考慮されていなかった震源近傍の観測点,特に,川口町での波形の再現性を考慮し,上記二つの断層面のうち後者の断層面を採用し,震源モデルの構築を行った.

本研究では先に述べたように波形合成に経験的サイト増幅特性を用いる.そこで既往の研究(野津・長尾,2005)において経験的サイト増幅特性の評価されている観測点を中心として対象観測点を選定した.ただし,震度7を観測した川口町は,既往の研究で経験的サイト増幅特性が評価されていないが,その重要性から対象に加えた.以下においては図-1に示す6つの観測点における結果を示す.波形の計算には経験的サイト増幅・位相特性を考慮した強震動評価手法を用いる(古和田他,1998;野津・菅野,2008;野津他,2009).

図-1
図-1 2004年新潟県中越地震の震源断層(長方形)と
対象観測点および本震・余震の震央
(破線と実線の二つの長方形については本文参照,数字は表-1の余震番号に対応)
表-1 2004年新潟県中越地震の本震・余震の震源パラメタ
  時刻 東経*
(deg)
北緯*
(deg)
深さ*
(km)
MJ* 走向**
(deg)
傾斜**
(deg)
すべり角**
(deg)
M0**
(Nm)
適用
地点
本震 2004/10/23 17:56 138.870 37.288 13 6.8 212 47 93 7.53E+18  
余震1 2004/10/23 18:57 138.863 37.205 8 5.3 222 55 98 4.86E+16 川口町
余震2 2004/10/23 21:44 138.942 37.272 15 5.0 230 55 94 2.31E+16 NIG020
余震3 2004/10/23 23:54 138.998 37.360 11 4.0 237 33 150 1.65E+15 FKS028
余震4 2004/10/24 9:28 138.892 37.215 12 4.8 210 53 95 9.85E+15 NIG023
余震5 2004/10/24 16:04 138.890 37.295 12 4.2 192 31 92 5.55E+14 NIG019
*気象庁より **F-netより

2. サイト増幅特性

本検討において用いたサイト増幅特性を図-2に示す.既往の研究(野津・長尾,2005)でサイト増幅特性が評価されていない川口町については,次のような手順でサイト増幅特性を評価した.まず,2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(M6.8)における川口町とNIGH12の観測記録からフーリエ振幅を求める.両地点は比較的近くに位置しているため,震源特性・伝播経路特性は両地点に対してほぼ等しいと考えられるので,両者のフーリエ振幅比をサイト増幅特性の比とみなし,これをNIGH12のサイト増幅特性(野津・長尾,2005)に乗じることで,川口町のサイト増幅特性を求めた.

対象地域におけるサイト増幅特性の全体的な傾向としては,震源の東側(NIG020,NIGH15)では低周波側(0.2-0.5Hz)の増幅が小さく,西に進むにつれて(川口町,NIG019)低周波側の増幅が大きくなる傾向がある.この境界は山間部から平野部に差し掛かる部分に対応しており,深部構造が大きく変化していることが考えられ,この影響によりサイト特性が大きく変化しているものと考えられる.NIG019と川口町ではサイト増幅特性が特に大きな値を示している.NIG019では深い構造を反映して低周波側では広帯域にわたりサイト増幅特性が10倍を超えており,さらに,4Hz付近には表層の影響と見られるピークがある.川口町では0.7Hz付近に30倍を超えるピークがある.本震時にNIG019と川口町では100cm/s以上の記録が観測されており,他の観測点と比較して大きな地震動となっている.震源近傍においては,断層の破壊伝播の効果やアスペリティとの相対的な位置関係によって地震動が局所的に大きくなることがあるが,本地震では,これらの効果に加え,サイト増幅特性の影響により,特徴的な大振幅の速度波形が生成されたものと考えられる.

図-2
図-2 2004年新潟県中越地震の強震波形計算に用いたサイト増幅特性

3. 位相特性

新潟県中越地震においては,極めて多数の余震記録が得られている.そこで,これらの余震記録から最適なものを選択するため,本震記録と余震記録のフーリエ位相の類似性を検討し(野津,2005),観測点毎に類似性の高い余震記録を選択した.選択された余震の震源パラメタを本震の震源パラメタとともに表-1に示す.また,これらの余震の震央を本震の震央とともに図-1に示す.

NIG019では本震の震源(破壊開始点)付近で発生した余震5の位相特性と本震の位相特性との類似性が確認できたため,余震5の位相特性を用いた.余震5以外にも,本震の破壊開始点付近で発生した複数の余震の位相特性と本震の位相特性との類似性が確認できた.しかし,本震の破壊開始点から離れた断層面の北側部分や南側部分で発生した余震と本震との間には位相の類似性が見られず,これらの余震記録を用いた場合には本震観測記録を適切に再現できなかった.NIG019において本震の破壊開始点付近で発生した余震と本震との間に位相の類似性が見られるのは,NIG019の本震波形に対して断層面の破壊開始点付近が大きく寄与しており,その付近で発生した余震を選択したときに,本震と余震との間で伝播経路特性とサイト特性が共有されるためであると考えられる(野津,2005).

同じように,NIG020では破壊開始点の東側(上方)で発生した余震2が選択された.NIG023では破壊開始点の 南側で発生した余震4が選択された.FKS028では破壊開始点の北東で発生した余震3が選択された.選択された余震を見ると,断層面上で,それぞれの観測点に比較的近い部分で発生した余震が選択されていることがわかる.このことは,各々の観測点における本震波形に対して,断層面上の比較的観測点に近い部分が大きく寄与していることを意味すると考えられる.なお,川口町では余震記録が二つしか公開されておらず,そのうち適切と考えられる余震1(表-1)を選択した.

4. 特性化震源モデル

作成した特性化震源モデル(坂井・野津,2011)を図-3に示す.アスペリティは,波形インバージョンの結果(野津,2005;野津,2010)を参考に,図-3に示す通り4箇所に設定した.破壊開始点付近にサイズの異なる2つのアスペリティ(アスペリティ1-1,アスペリティ1-2と呼ぶ),南東方向に大きなアスペリティ(アスペリティ2),北東方向に中間的なアスペリティ(アスペリティ3)を配置した.NIG019の波形に対して主に寄与しているのはアスペリティ1-1と1-2である.各アスペリティのパラメタを表-2に示す.先述の通りこれらのアスペリティは図-1の実線の断層面上に設定されている.各アスペリティの破壊はアスペリティ毎の破壊開始点(図-3の☆)から同心円状に拡大するものとした.各アスペリティの相対的な破壊開始時刻は表-2に示す通りである.これらはほぼ,震源(図-3の★)から2.0km/sで同心円状に拡大する破壊フロントがアスペリティ毎の破壊開始点(☆)に到達する時刻であるが,アスペリティ3はそれよりやや早めである.ライズタイムについてはアスペリティの幅と破壊伝播速度から片岡他(2003)の式で算定される値とした.なお,Qs値は既往の研究(佐藤・巽,2002)に基づきQs=166×f 0.76とした.この震源モデルを強震波形計算プログラムsgf51.exe(港空研資料No.1173)に入力できる形式にしたものをテキストファイルに示す.

図-3
図-3 2004年新潟県中越地震の特性化震源モデル(坂井・野津,2011).
背後のコンターは波形インバージョンで得られたすべり量分布(野津,2005;野津,2010).
★は全体の破壊開始点,☆は各アスペリティの破壊開始点.
表-2 2004年新潟県中越地震の特性化震源モデルのパラメタ(坂井・野津,2011)
  Asperity1-1 Asperity1-2 Asperity2 Asperity3
破壊開始点東経(deg) 138.840 138.841 138.859 138.913
破壊開始点北緯(deg) 37.288 37.277 37.225 37.289
破壊開始点深さ(km) 13.0 12.3 7.5 7.1
長さ(km)×幅(km) 2.0×1.0 6.5×3.0 4.0×3.0 3.5×3.5
M0(Nm) 1.5E+17 7.2E+17 4.0E+17 2.4E+17
相対破壊開始時刻(s) 0.0 0.7 4.5 4.1
破壊伝播速度(km/s) 2.8 2.8 2.8 2.8
ライズタイム(s) 0.09 0.27 0.27 0.31
分割数 3×3×3 5×5×5 5×5×5 3×3×3
図-4
図-4 2004年新潟県中越地震によるK-NET小千谷における速度波形の再現
(0.2-2Hzの速度波形,黒が観測)

5.. 地震動の再現結果

NIG019で観測された速度波形は18-19秒付近の大振幅に続く1.5Hz程度の後続波によって特徴づけられている(図-4の黒線).これに対応して,観測フーリエスペクトルにも1.5Hz付近に顕著なピークがある(図-5の黒線).一方,先に述べた通りNIG019における線形時のサイト増幅特性のピークは4Hz付近にあり,線形時のサイト増幅特性をそのまま用いるだけでは,1.5Hzのピークは再現されない(図-5).NIG019では表層約3mの有機質土(表-3)が本震時に非線形挙動を示していたことが指摘されている(藤川他,2006).NIG019の表層地盤については,本震時にG/G0が約0.13であったこと(時松他,2006),減衰定数が0.06-0.15であったこと(時松・関口,2006)が指摘されている.そこで,特性化震源モデルによる波形合成結果を線形時の伝達関数で工学的基盤(表-3のS波速度360m/sの地層)まで一旦引き戻し,上記の本震時の伝達関数で地表面の地震動を推定した(減衰定数は0.1とした).その結果,図-6に示すように,合成波のピーク周波数を1.5Hzとすることができ,速度波形(0.2-2Hz)も図-4に示す通り一定の精度で再現することができた.なおNIG019の波形における18秒付近と19秒付近の2つのパルスは,本震源モデルにおいては,それぞれアスペリティ1-1とアスペリティ1-2に対応している.

図-7にNIG019を含む複数の地点での速度波形(0.2-2Hz)の再現結果を示す.また図-8にNIG019を含む複数の地点でのフーリエスペクトルの再現結果を示す.波形およびスペクトルは概ね良好に再現されている.川口町では本震の観測フーリエスペクトルが線形時のサイト増幅特性と同じ0.7Hzにピークを有しており,線形時のサイト増幅特性をそのまま用いることで波形およびスペクトルが再現されている.1.で述べたように,NIG019と川口町で大振幅の速度波形が観測されたこと,それらの卓越周波数が異なっていることが2004年新潟県中越地震の地震動の大きな特徴であったが,それらを概ね再現する特性化震源モデルを得ることができた.

図-5
図-5 2004年新潟県中越地震におけるNIG019における観測フーリエスペクトル(黒)と
地盤の非線形挙動を考えない場合の波形合成結果.
図-6
図-6 2004年新潟県中越地震におけるNIG019における観測フーリエスペクトル(黒)と
地盤の非線形挙動を考慮した場合の波形合成結果.
表-3 NIG019における表層地盤モデル(時松他,2006)
層厚
(m)
密度
(t/m3)
S波速度
(m/s)
1.65 1.65 70
1.45 1.20 50
1.10 2.00 210
2.00 360
図-7
図-7 2004年新潟県中越地震による複数地点における速度波形の再現
(0.2-2Hzの速度波形,黒が観測)
図-8
図-8 2004年新潟県中越地震による複数地点におけるフーリエスペクトルの再現
(黒が観測)

謝辞

本研究では(独)防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録,F-netのCMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.

 

参考文献

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