2011年東北地方太平洋沖地震による日立港における地震動の事後推定

2011年東北地方太平洋沖地震(以下,本震と呼ぶ)の際,日立港では強震記録が得られていない.ここでは,今後の復旧事業等での必要性を考慮して,サイト特性置換手法1)により日立港における本震の地震動の推定を行った.この方法は,対象地点周辺における強震観測点(基準観測点と呼ぶ)で得られた本震記録に対し,サイト増幅特性の補正を行うことにより対象地点における本震の地震動のフーリエ振幅を推定し,一方,対象地点における本震の地震動のフーリエ位相は,対象地点で得られている余震など他の地震のフーリエ位相で近似することにより,対象地点における本震の地震動を推定するものである.

日立港では平成21年度に民間により地震観測とサイト増幅特性の評価が行われている.本研究は民間事業者の御厚意により地震観測記録ならびにサイト増幅特性を御提供いただき,これに基づいて地震動の事後推定を実施したものである.

1. 基準観測点の選択

当所ではこれまで同様の手法により常陸那珂港での地震動の事後推定を行っており,そのとき基準観測点としてK-NETのIBR007を用いた.ここでも同様にIBR007を用いる.図-1はIBR007における本震のフーリエスペクトル(水平2成分のベクトル和をとりバンド幅0.05HzのParzenウインドウを適用したもの)と,そこでのサイト増幅特性2)との比較を行ったものである.これを見る限り,ピーク周波数の低周波数側への移動をはじめとする地盤の非線形挙動の兆候は,IBR007では少なくとも顕著ではない.よってIBR007は基準観測点に適した観測点であると考えられる.

図-1
図-1 IBR007における本震のフーリエスペクトルとサイト増幅特性2)

2. フーリエ振幅の補正

図-2にIBR007と日立港におけるサイト増幅特性(地震基盤~地表)の比較を示す.これらの比をIBR007におけるフーリエスペクトルに乗じることにより,日立港におけるフーリエスペクトルを推定した.その際,

 

  (日立港におけるEW成分)=(IBR007におけるEW成分)×(サイト増幅特性の比)
  (日立港におけるNS成分)=(IBR007におけるNS成分)×(サイト増幅特性の比)

 

のように推定を行った.なお,日立港におけるサイト増幅特性(地震基盤~地表)の数値データをテキストファイルに示す.

 

図-2
図-2 IBR007と日立港におけるサイト増幅特性2)の比較

3. フーリエ位相の設定

文献1)に示すように,大地震による地震動のフーリエ位相が,同一地点での余震など他の地震による地震動のフーリエ位相で近似できる場合がある.ただしこの場合,対象としている地震がM9.0の大地震であるため,観測点によってはマルチプルショックの影響によりこのような近似が不可能である可能性もあり,実際の記録に基づいて,このような近似が有効であるか確認をしておく必要がある.そこで,IBR007における本震波形のフーリエ振幅を保ったまま,フーリエ位相だけを他の地震によるフーリエ位相に置き換えた波形(合成波と呼ぶ)を計算し,これをもとの観測波と比較することにより,フーリエ位相が類似しているかどうかについて検討を行った.図-3は2009年10月23日10:28茨城県東方沖の地震(M5.0)のフーリエ位相に置き換えた場合の結果である.比較は,港湾構造物に対して比較的影響が大きいと考えられる周波数帯域を含む0.2-2Hzの帯域で実施している.この場合,合成波と観測波はある程度一致しており,この地震の記録のフーリエ位相が本震記録のフーリエ位相に対する良い近似となっていることがわかる.そこで,この地震による日立港での記録のフーリエ位相を本震波形の推定に用いることとした.

図-3
図-3 2011年東北地方太平洋沖地震によるIBR007での速度波形(0.2-2Hz)のフーリエ位相を2009年10月23日10:28茨城県東方沖の地震(M5.0)のフーリエ位相に置き換えた波形(赤)と元の波形(黒)との比較

4. 本震波形の推定

推定されたフーリエ振幅とフーリエ位相を用い,日立港での本震の地震動の推定を行い,さらに,表-1に示す日立港での地盤モデルを用い,線形の重複反射理論により,工学的基盤(表-1におけるS波速度360m/sの地層)での2Eを求めた.結果を図-4に示す.推定された2E波の数値データをテキストファイルに示す.ここでの推定地震動の対象周波数は0.2Hz以上である.

 

表-1 日立港での地盤データ
土質 層厚(m) S波速度(m/s) 密度(g/cm3)
B 3.0 160.0 1.75
B 5.7 120.0 1.75
B 1.1 150.0 1.75
Ac1 0.7 150.0 1.65
As1 1.6 150.0 1.83
As1 2.9 330.0 1.83
As1 4.0 500.0 1.83
As1 3.0 260.0 1.83
Ac2 6.7 190.0 1.72
Dsc1 4.1 230.0 1.84
Dsc1 6.0 230.0 1.84
Dsc1 2.9 300.0 1.84
Dsc1 3.3 340.0 1.84
Dsc1 5.0 280.0 1.84
Dsc1 1.6 240.0 1.84
Dsc2 1.1 330.0 1.75
Tg 360.0 2.00

図4

図-4 推定された日立港の工学的基盤における2E波

5. 推定波の利用上の注意

ここに推定された地震動は日立港の東経140.617°,北緯36.483°地点において得られたものである.地震動はサイト増幅特性の影響により狭い範囲でも著しく異なることがあるため2),本推定波が適用可能であるかは,微動観測等に基づいて判断を行っていくことが望ましい.また本推定波はS波速度360m/s程度の地層での2Eとして扱う必要がある.

 

謝辞

本研究は地震観測を実施された民間事業者の御厚意により可能となったものです.厚く御礼申し上げます.また,本研究では(独)防災科学技術研究所の強震記録,気象庁の震源データを使用しています.記して謝意を表します.

 

参考文献

1)Y. Hata, A. Nozu and K. Ichii: A practical method to estimate strong ground motions after an earthquake, based on site specific amplification and phase characteristics, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.101, No.2, pp.688-700, 2011.

2)野津厚・長尾毅:スペクトルインバージョンに基づく全国の港湾等の強震観測地点におけるサイト増幅特性,港湾空港技術研究所資料 No.1112, 2005年12月.