2011年東北地方太平洋沖地震の震源モデル(暫定版)
-デジタルデータ付き-

経験的グリーン関数を用いた波形インバージョンにより2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)のすべりの時空間分布を推定した.

1. グリーン関数の選択

図-1の上段はMYGH12の地中における東北地方太平洋沖地震(本震とよぶ)の速度波形(EW成分,0.2-2Hz)である.波形は大きく二つの部分からなることがわかる,中段はその前半部分を切り出したものである.下段は,前半部分のフーリエ振幅をそのまま保ちつつ,フーリエ位相だけを2005年12月17日宮城県東方沖の地震(M6.1)のフーリエ位相に置き換えた波形(緑)と前半部分(黒)との比較である.この図から,対象地震の前半部分のフーリエ位相と2005年12月17日の地震のフーリエ位相は類似していることがわかる.同様の傾向は他の比較的多くの地点で認められた.そこで,2005年12月17日の地震(地震1とよぶ)の記録を経験的グリーン関数の候補として選定した.本震および地震1のパラメタを表-1に示す.地震1はプレート境界地震と考えられる.

図-1
図-1 上段はMYGH12の地中における東北地方太平洋沖地震の速度波形(EW成分,0.2-2Hz),中段はその前半部分,下段は前半部分のフーリエ位相を2005年12月17日宮城県東方沖の地震(M6.1)のフーリエ位相に置き換えた波形(緑)と前半部分(黒)との比較

表-1 本震および地震1のパラメタ(*気象庁による,**F-netによる)

 

日付

時刻*

東経*

北緯*

深さ*

MJ*

M0

(strike,dip,rake)

 

 

JST

(deg.)

(deg.)

(km)

 

(Nm)

(deg.)

本震

2011/3/11

14:46頃

142.9

38.1

24.0

9.0

1.07E+22**

(200,27,88)**

地震1

2005/12/17

3:32:13.4

142.180

38.448

40.0

6.1

1.12E+18**

(196,19,86)**

2. インバージョンの条件

表層地盤の非線形挙動の影響を可能な限り避けるため,KiK-netの地中での観測記録をインバージョンのデータとして用いた.本震と地震1の記録がともに十分な精度で観測できている27地点(図-2に示す)を選定し,本震のEW成分の速度波形(0.1-0.5Hz)をインバージョンのターゲットとし,地震1のEW成分の速度波形(0.1-0.5Hz)をグリーン関数とした.インバージョンにはS波を含む96秒間を用いた.

インバージョンで仮定した断層面の位置を図-2に示す.図-2の■は気象庁発表の震源であり,その座標は(東経142.9°,北緯38.1°,深さ24km)である.この点を含むように断層面を設定した.断層面の角度は,気象庁のCMT解を参考に,走向は203°,傾斜10°とした.設定した断層面の長さは390km,幅は270kmである.

 

図-2
図-2 インバージョンに用いた観測点(▲)とインバージョンで仮定した断層面(大きな長方形).■は気象庁発表の震央.□は2005年12月17日の地震の震央であり,その記録をグリーン関数として用いた.なおMYGH12を中心とする半径70kmの円については後述する.

インバージョンはHartzell and Heaton(1983)の方法に基づいている.390km×270kmの断層を39×27の小断層に分割し,それぞれの小断層でのモーメントレート関数は,地震1のモーメントレート関数とインパルス列との合積で表されると仮定した.インパルス列は0.5秒間隔の12のインパルスからなるものとし,このインパルスの高さをインバージョンの未知数とした.破壊フロントは気象庁の震源から同心円状に速度2.6km/sで広がるものとした.基盤のS波速度は3.9km/sとした.インバージョンには非負の最小自乗解を求めるためのサブルーチン(Lawson and Hanson,1974)を用いた.また,すべりの時空間分布を滑らかにするための拘束条件を設けた.観測波と合成波を比較する際には記録のヘッダに記載された絶対時刻の情報を用いている.なお,本震について詳細な震源時刻が気象庁から未だ発表されていないので,破壊フロントの拡大開始時刻は次のように定めた.まず,本震に先だって2011年3月9日11:45:12.9に三陸沖で発生した地震(M7.3)において,MYGH12におけるP波到来時刻が11:45:40であることから,当該地域におけるP波速度を6.0km/sと推定した.次に,本震時のMYGH12におけるP波到来時刻が14:46:41であることから,本震の破壊開始時刻を14:46:17.4と推定し,これを破壊フロントの拡大開始時刻とした.

 

3. 結果と考察

図-3にインバージョンの結果として得られた最終すべり量の分布を示す(S波速度3.9km/s,密度3.1ton/m3ですべり量に換算).この図から,非常に大きいすべりが破壊開始点よりも沖合側(海溝側)で生じていることがわかる.また,これとは別に,破壊開始点よりも陸側でも部分的にすべりの大きい部分が見受けられる.観測波と合成波の比較を図-4に示す.観測波の特徴は非常に良く再現されている.なお,ここで示すすべり量には,周期2-10秒の帯域の地震動に寄与しないゆっくりしたすべりは含まれていないため,実際に生じたすべりはここに示すものよりも大きかった可能性が高い.従って図-3については周期2-10秒の帯域の地震動の生成に寄与した部分を示したものと受け止めていただきたい.

 

図-3
図-3 インバージョンの結果として得られた最終すべり量分布

(グラフをクリックすると拡大します)

図-4 観測波(黒)と合成波(赤)の比較

図-3で,沖合側のすべり量の大きい部分は,すべり量が大きくかつ浅いことから,津波の波源域になったものと考えられる.しかし,強震動に対しては,陸側の部分的にすべり量の大きい部分も,距離が小さいこと,また破壊が陸側に向かうことから,大きく寄与していることが考えられる.そこで,図-3の領域1の部分が,観測波形のどの部分に寄与しているか検討したものが図-5である.これによると,MYGH12の波形の前半部分,MYGH03の波形の前半部分などは,主に領域1の寄与によるものであることがわかる.今回の地震において,MYGH12,MYGH03など広範囲で「ふた山ある」波形が観測されたが,これは,まず破壊開始点より陸側の破壊による地震波が到来し(近いのですぐ到来する),少し間を置いて,沖合側の大きなすべりによる地震波が到来した(遠いので到来に時間がかかる)と解釈できる.なお,沖合側のすべりに関しては,津波だけに関係するようなゆっくりとしたすべりではなく,強震動にも寄与するすべり速度の大きいすべりであったことが,インバージョン結果から確認できる.

今回の地震で観測されたMYGH12の波形はPS時間が短いことが一つの特徴である.図-6に示すようにMYGH12の地中の波形からは(初期微動を除けば)P波の到来時刻は34秒,S波の到来時刻は42秒と読みとることができ,PS時間は8秒である.これと,2011年3月9日11:45三陸沖の地震(M7.3)におけるMYGH12の地中の波形のPS時間が19秒であったことを併せて考えると,MYGH12の波形の前半部分に寄与した破壊の震央距離は,3月9日の地震の震央距離の約0.42倍すなわち約70kmであったと推定される(図-2の円).このことは,領域1がMYGH12の波形の前半部分に寄与しているという今回のインバージョン結果を裏付けるものである.


図-5 領域1からの寄与(赤).黒は観測波.


図-6  MYGH12の地中波形からのPS時間の読みとり.P波の到来時刻は34秒,S波の到来時刻は42秒と読みとることができる.

なお,過去の地震(2003年十勝沖地震など)においては,断層面全体に一つの小地震記録をグリーン関数として割り当てる方法では,観測波を十分再現できず,複数の小地震記録を併用していたが,今回の地震では,現時点では一つの小地震記録を用いることで観測波を十分再現できているため,複数の小地震記録の併用は行っていない.しかし,この点についても今後さらに検討を行っていく予定である.このことも含め,ここに示す解析結果は暫定版であり,今後改訂される可能性がある.

なお,図-3に示す震源モデルの小断層毎,時間ウインドウ毎のモーメント解放量(地震1のモーメントに対する比)を参考のためテキストファイルに示す.

 

謝辞:本研究では(独)防災科学技術研究所のKiK-netの強震記録,F-netのCMT解,気象庁の震源データを使用しています.ここに記して謝意を表します.