1993年釧路沖地震の震源モデル(第二版)
-デジタルデータ付き-
★概要
経験的グリーン関数を用いたwaveform inversionにより1993年釧路沖地震の震源モデルを作成した(野津,2007).この震源モデルは,土木工学の分野において特に重要な0.3-2.0Hzの周波数帯域に着目し,震源に近く被害も大きかった釧路市の方位へのradiationが正確に表現されることを念頭において作成したものである.

★データ
経験的グリーン関数としては,1993年2月4日23時43分14.2秒に発生した最大余震の記録を用いた.この余震の震源は東経144度16.9分,北緯42度57.2分,深さ94.7km,気象庁マグニチュード4.9である.インバージョンには,釧路地方気象台敷地内の建築研究所観測点(KSR)で得られたSMAC-MD型強震計の記録の他,根室(NEM)と浦河(URA)の気象庁87型強震計の記録を用いた.図1にこれらの観測点を示す.KSRの本震記録は表層地盤の非線形挙動の影響を受けているとされているが(壇,1995;山本他,1995),0.3-2.0Hzの周波数帯域に限れば表層地盤の非線形挙動の影響は小さいものと判断されるので(野津,2003),KSRを線形のreference siteとして用いることとした.余震波形のNS成分を周波数領域で積分し,0.3-2.0Hzの帯域通過フィルタに通した速度波形をグリーン関数として用いた.また本震波形のNS成分に同様の処理を施して得た速度波形をインバージョンのターゲットとした.本震波形の主要動部分を含む30秒間をインバージョンのターゲットとした.

★方法
インバージョンはHarzell and Heaton(1983)の方法に基づいている.気象庁の震源(東経144度21.4分,北緯42度55分,深さ100.6km)を含む60km×40kmの断層面(走向76°,傾斜0°)を仮定し(図2),この断層面を30×20に分割して,それぞれの領域では,破壊フロント通過後の1.2秒間に4回のすべりが許されるものとした.各々のすべりによるモーメント解放量が余震モーメントの何倍であるかを未知数としてインバージョンを行った.インバージョンの自由度は30×20×4=2400である.破壊フロントは,気象庁発表の震源時刻(1993年1月15日20時6分7.2秒)から,気象庁の震源を中心として同心円状に速度2.1km/s(※)で広がるものとし,基盤のS波速度は4.6km/sとした.インバージョンには非負の最小自乗解を求めるためのサブルーチン(Lowson and Hanson, 1974)を用いた.また,すべりの時空間分布を滑らかにするための拘束条件を設けた.本震と余震のメカニズムの違いは大きくないので(Ozel and Moriya, 1999),ラディエーションパターンの補正は実施していない.NEMとURAについては,記録のヘッダに記載された絶対時刻の情報をそのまま用いている.ただしKSRについては,ヘッダに記載された絶対時刻の情報がやや不自然に思われたので,同一敷地内の建物一階で得られた気象庁87型強震計の記録との比較から絶対時刻を求め直した.
(※)破壊フロントの拡大速度は合成波と観測波の残差を最小にする値として設定した.

★結果と考察
図3に,インバージョンの結果として得られた合成波と観測波の比較を示す.両者の一致はおおむね良好である.図4に最終すべり量の分布を示す.ここでのインバージョンでは,直接には各々の小断層におけるモーメント解放量の余震モーメントに対する比が明らかになるだけであるが,ここでは余震のモーメントマグニチュードが気象庁マグニチュードに等しいと仮定して,おおまかな最終滑り量の分布を求めている.同図によれば,破壊開始点(図4の★)から8kmほど西に顕著なサブイベントのあることがわかる.釧路沖地震については,Ide and Takeo(1996)が水平成層構造に関する理論的なグリーン関数を用いて根室・釧路・浦河・網走の記録と調和的な震源モデルを求めている.Ide and Takeo(1996)のモデルは主に3つのサブイベントからなるモデルであるが,これと比較すると,今回得られたモデルはよりシンプルである.経験的グリーン関数法では,地下構造の複雑な影響はグリーン関数に反映されているので,地下構造の影響が震源に押しつけられることがないため,よりシンプルな震源モデルが求まっているのではないかと考えている.各自由度毎のモーメント解放量の余震モーメントに対する比をテキストファイルに示しているので活用していただければ幸いである.

★表層地盤の非線形挙動を考慮した強震動シミュレーション
ここで得られた震源モデルを用い,非線形パラメタ(野津・盛川,2003)と有効応力解析(Iai et al., 1995)を併用した強震動評価手法(野津,2007)により,釧路港の地表と地中で得られた本震波形を良好に再現することができる.図5に再現結果を示す.ここでは試行錯誤により非線形パラメタの値をν1=0.86,ν2=0.01と設定している.計算方法の詳細については野津(2007)を御覧下さい.

★謝辞
本研究では気象庁および建設省建築研究所(当時)が取得した記録を使用しています.記して謝意を表します.

★参考文献
壇一男(1995):釧路地方気象台の強震記録に見られる地盤と建物の相互作用効果およびそのシミュレーション,日本建築学会構造系論文集,Vol.470,pp.75-84.

野津厚(2003):表層地盤の非線形挙動を考慮した1993年釧路沖地震の強震動シミュレーション,土木学会地震工学論文集,Vol.27(CD-ROM).

野津厚(2007):非線形パラメタと有効応力解析を併用した強震動評価手法,土木学会地震工学論文集,Vol.29(CD-ROM).

野津厚,盛川仁(2003):表層地盤の多重非線形効果を考慮した経験的グリーン関数法,地震2,Vol.55,pp.361-374.山本みどり,岩田知孝,入倉孝次郎(1995):釧路地方気象台における強震動と弱震動に対するサイト特性の評価,地震2,Vol.48,pp.341-351.

Hartzell, S.H. and Heaton, T.H. (1983): Inversion of Strong Ground Motion and Teleseismic Waveform Data for the Fault Rupture History of the 1979 Imperial Valley, California, Earthquake, Bull. Seism. Soc. Am., Vol.73, pp.1553-1583.

Iai, S., Morita, T., Kameoka, T., Matsunaga, Y. and Abiko, K. (1995): Response of a dense sand deposit during the 1993 Kushiro-oki Earthquake, Soils and Foundations, Vol.35, No.1, pp.115-131.

Ide, S. and Takeo, M. (1996): The dynamic rupture process of the 1993 Kushiro-oki earthquake, Journal of Geophysical Research, Vol.101, No.B3, pp.5661-5675.

Lowson, C.L. and Hanson, R.J. (1974): Solving Least Squares Problems, Prentice-Hall, Inc., Englewood Cliffs, New Jersey.

Ozel, N. and Moriya, T. (1999): Different stress directions in the aftershock focal mechanisms of the Kushiro-oki earthquake of Jan. 15, 1993, SE Hokkaido, Japan, and horizontal rupture in the double seismic zone, Tectonophysics, Vol.313, pp.307-327.